■ずっと前から悪役に挑戦したいと思っていた

Q:手塚治虫さんの原作には過激な描写もあります。どこまでの演技を求められるか、不安はありませんでしたか?

原作を読ませていただいたのは企画が始まった4、5年前のことで、読んですぐに「ぜひ参加させていただきたいです!」と意思を伝えました。描写に関する不安はまったくなかったですし、役者としてやれるところまでやるべきだと感じていました。ただ、多くの要素を含んでいる物語ですから、映像化にあたって原作の要素をすべて盛り込んでしまうと大変なことになる。そういった意味で、「どうなるんだろう?」と思っていましたね。

Q:その後、脚本を読まれた印象は?

映画では、何が善で何が悪かの問いかけに向き合うことがメインになっています。もちろん、原作でも語られているテーマではありますが、その語り方が映画における最善の形になっているんじゃないかと思いました。一方、それ以外の要素に関しては、例えば山田孝之君が演じる賀来神父と結城の関係描写などはにおわせる程度になっていて、原作をご存知の方には軽い目配せになっているし、逆に原作を読んでいない方にとっては「何なんだろう?」と興味をかき立てられる描き方になっています。映画をご覧になった後に原作を読んでいただくのも一つの楽しみ方ですし、そういった原作と映画の関係もいいんじゃないかと思いましたね。

Q:演じられた結城という青年をどう思いましたか?

実は悪役をずっとやりたいと言っていて、そんなときに舞い込んできた企画だったんです。ただ悪役と言いつつも、結城にとっては自分のやっていることが正義。演じる前に彼に対して抱いていた印象と、演じていく上での感覚はだいぶ違いましたね。むしろ、悪役という意識で演じてはいけない部分が多かったです。

Q:復讐(ふくしゅう)心や権力への反抗心に突き動かされている結城には、サディストな面もありますね。

そうですね。結城の心の中には今も16年前の事件があって、彼の行動はすべてそこに起因している。事件にかかわった者たちへの復讐(ふくしゅう)が一つの目標であり、結城はそのために人生を歩んできた。日夜勉強をして、頭もすごく良くなって……。結果、すべてを手のひらで転がすような、自信に満ちあふれた男になったと思うんです。そういった思考が、彼のサディスティックな面につながっているのではないかと僕は考えています。
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