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『のみとり侍』阿部寛 単独インタビュー

2018年5月17日 更新

『のみとり侍』阿部寛 単独インタビュー

阿部寛の最新作は、映画『のみとり侍』。「砦なき者」(2004)をはじめドラマ界で名匠と呼ばれ、近年は『愛の流刑地』(2007)『後妻業の女』(2016)などで映画界でも確かな存在感を示す鶴橋康夫監督が、小松重男の短編小説を自ら脚色した意欲作。本作で阿部が演じるのは、表向きは“猫の蚤とり”、その実は女性に寝技(?)で愛を奉仕する裏稼業に手を染めるハメになった侍・小林寛之進。生真面目に蚤とりに取り組む寛之進を絶妙な塩梅で演じた阿部が語った。

■鶴橋監督への特別な思い

■鶴橋監督への特別な思い

Q 映画の企画を聞いた印象は?

最初に台本をもらったのですが、まず鶴橋康夫監督からお話をいただいたことにびっくりしました。鶴橋さんとは30年ほど前、僕が役者を始めたときに事務所の食事会でお会いしたのが最初です。以降、鶴橋さんの作品に出られるように頑張って! と事務所に言われ続けたこともあって、他の監督とは異なる特別な思いがありました。まさにその鶴橋さんからオファーをいただき、プレッシャーは大きかったですね。監督は本当に自分で良いのかと思い、二つ返事はしませんでした。ひょっとして大人の事情で僕になったんじゃ? と思って(笑)。

Q 主人公の小林寛之進は阿部さんが演じることを想定して脚本が書かれたそうですが?

そのことは知りませんでした。鶴橋さんにお会いし、いろいろと話して「お前がやってくれないなら、この作品はやらない」と情熱的な言葉を聞き、やらせていただくことになったんです。ただ、原作を読んで脚色する過程で寛之進を僕でやりたいと思ってくださったのだとしたら、それは本当にうれしいことですね。

Q デビュー当時にお会いしたこと以外にも?

事務所に入って2日目に紹介された監督で、すでに巨匠と呼ばれていた。鶴橋さんにそう言うと「そうでもないよ」なんて言うのですが、演出された作品を観て、ずっと憧れていました。他の役者さんに聞いても「鶴橋監督は特別だ」とみなさん言いますよ。本当に役者やスタッフから信頼されている監督です。

■焼き鳥で(?)体重を5キロ増量

■焼き鳥で(?)体重を5キロ増量

Q 体作りに時間をかけたのでしょうか?

気持ちがリフレッシュするのでジムには2週間に1度は行くんですが、この映画の前に『祈りの幕が下りる時』を撮影していて、『新参者』シリーズ前作(『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』)時の7年前の体重にしようと、絞りすぎちゃったんです。当時の体重に戻すとこんなに痩せちゃうのかと(笑)。その後すぐこの映画の撮影に入ったので、京都へ行ってからは大食しました。焼き鳥屋に7日連続で行って店主からは引かれてました(笑)。メニューを「端から端まで全部」と注文し、最後におにぎりを4個食べ、急激に体重を増やさないと、時代劇に対処できる顔つきにならないから5キロほど増やしました。

Q 寛之進のカラフルな着物が印象的でしたが、あれは手塚治虫さんの「猫・写楽」というパロディー画からイメージされたそうですね。

そうなんです。衣裳合わせのときも手塚さんの画のことは知らず、ポスター撮影のときに知ったんです。他のキャラクターの衣裳も知らなかったので、派手な着物だな、着こなせるかなと思っていました。でも、着こなせなくていいんですよね、寛之進自身が突然に着せられるわけだから。そのことにも後から気づいたんですけど。

Q 時代劇への思い入れはどのような?

京都での撮影は久しぶりで、『柘榴坂の仇討』(2014)以来でした。たまたま今回は「遠山の金さん」や「水戸黄門」など多くの時代劇が撮影に入っていて、とても華やかだったんです。朝から活気づいていて遠くの方でほかの組の掛け声が聞こえてくると「やっぱり京都の撮影はこれだよな!」と。改めて自分は時代劇が好きなんだと思いました。難しい作法や決まり事は多くて、ストレートに“男”というものを、そして人物をきっちりと描く。時代劇には高潔な精神が込められ、日本の伝統や文化の象徴でもあり、海外に誇れるものです。最近は時代劇の本数が減って、今回のように賑やかなことは滅多にないそうですけど、いいときに行ったなと。

■相手のお芝居への“反射”に徹する

■相手のお芝居への“反射”に徹する

Q 時代劇で喜劇というのも珍しいですよね?

鶴橋さんはこれまでも文芸的な作品が多いですが、今回は人間の業の部分を描きながらも艶っぽい濡れ場があり、それを喜劇にしている。とても高尚なことだと思うんです。性愛というのは太古の昔から人間と切っても切れないもので、それを題材に人間の面白さを描くなんて。そこに鶴橋さんならではの切り口で想像を裏切るような楽曲をつけたりして、鮮やかにまとめ上げている。だから喜劇ではあるんですが、そこに生きている人間さえ演じればいいと思いました。

Q 寛之進を演じる上で意識したことは?

余計なことはなにもしないし、考えない。ただ素のままで、そのときに向き合う相手のお芝居への“反射”に徹するのがいいだろうなと。でくの坊のように、無駄な抵抗はしない。自分が撮影で経験することが寛之進にとっても未知のことなので、そのシチュエーションを初めて経験するようにそのまま演じればいいのかなと。だからテクニックに頼ったりこざかしい芝居をしたりしてはいけない。そうすることでしか監督の期待に応えられないように思えたんです。

Q 寛之進が、豊川悦司さん演じる清兵衛から“蚤とり”の指南を受けるシーンで、寛之進の心情が阿部さん自身の声でナレーションとして流れ、驚いた表情を見せますよね。その本気で驚く姿が笑えました。

作品にもよるのでしょうが、シチュエーションが面白いので、あえて面白く演じる必要がないんですよ。やはり、いかにも笑わせようとしない方が、人の心を動かせるのかなと。

■色気と喜劇ってこんなに合う!

■色気と喜劇ってこんなに合う!

Q 撮影現場での鶴橋監督の印象は?

本当に温かい人なんです。(手元の資料に笑顔の監督の写真を見つけて)ほら、温かいでしょ(笑)。照れ隠しなのか、サングラスなんかかけて。現場ではいつでも温かい雰囲気でいてくれて、誰にでも声をかけて冗談を言ってくれる。キャストだけでなくスタッフも、監督の作ってくださった温かみに感謝しながら撮影して、まるで親父が見守ってくれているようでした。それでいて演出は決して細かくない。「よかったぞ!」「びっくりしたなあ、そういう演じ方があるのか!」などと声をかけてくださるのですが、その言葉に演出が入っていたりする。だからこそスタッフもキャストも監督の求めているものを出そうと考える。そのことを豊川さんや大竹しのぶさんたち鶴橋組の常連の方はしっかりわかっているわけです。監督は台本を裏切ってほしい、台本に書かれていないキャラクターの部分を作ってほしい、と。僕も遅れないようにしなきゃと思っていました。

Q 寛之進を左遷する藩主を演じた松重豊さんのお芝居を見ていると、自由な演出なのだろうと思いました。

松重さんは、どこかの文献か何かで昔の歌会はものすごく甲高い声でやることを研究してこられたみたいで、自分のなかで最も高い声を出しておられたみたいです。そうしたチャレンジは、どんなことをしても鶴橋さんが拾ってくれるという信頼があるからこそで、監督も現場では「任せろ。俺は編集が得意なんだから」と言って、冗談で安心させてくれるんですね。

Q 完成した映画の感想は?

面白い映画ですよね。自分の芝居がどうだったかはいつもよくわからないんですが、みなさんは鮮やかでした。映像の色彩もキレイで、艶っぽいところはまさに鶴橋さんの世界。とても色っぽくて、今まで見たことのない面白さがあり、いい意味で時代劇を裏切っていると思います。色気と喜劇って、正反対のようでこんなに合うんだ! と思わせてもらった。そして見終えた後は晴れやかな気持ちになるんですよね。気持ちよく映画館を出られる作品です。
鶴橋康夫監督のもとに集まったのは、豊川悦司、寺島しのぶ、大竹しのぶ、風間杜夫、松重豊と芸達者ばかり。そこに斎藤工や前田敦子らフレッシュな空気をまとった俳優が新たな魅力を開花させていてハッとする。その中心に、阿部寛がいる。監督のいう「舞台の垂れ幕のよう」なド派手な着物も、長身で彫りの深い彼が着るとごくさらりとしているから不思議だ。そんな彼が俳優に“マジックをかける”鶴橋監督の演出のもとで“のみとり侍”を演じる。江戸時代に実在したという“蚤とり”に裏稼業の要素をプラスした、その危うい綱渡りがリアルでありながら上品な笑いに着地したのは、阿部寛だからこそと思えた。

取材・文:浅見祥子 写真:金井尭子

映画『のみとり侍』は5月18日より全国公開

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