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『ボヤージュ・オブ・タイム』中谷美紀 単独インタビュー

2017年3月6日 更新

『ボヤージュ・オブ・タイム』中谷美紀 単独インタビュー

『ツリー・オブ・ライフ』のテレンス・マリック監督が構想40年を経て完成させた本作。宇宙の誕生から現代に至るまでの生命の歩みを、ミクロとマクロの世界を自在に行き来しながら、観る者を圧倒する美しい映像と磨き抜かれた詩のような言葉でつづっていく。ナレーションはケイト・ブランシェットが務めているが、その日本語版を中谷美紀が担当。彼女の鋭い感性は、この映画にいかに反応したのだろう?

■呼吸が止まりそうになり、呼吸が楽になる映画

■呼吸が止まりそうになり、呼吸が楽になる映画

Q 最初に『ボヤージュ・オブ・タイム』の日本語版ナレーションのオファーを受けたとき、どう思われましたか?

テレンス・マリック監督の作品はいつでも示唆に富んでいて、人間の根源に迫るような深い物語ですよね。そんな監督が40年もの構想を基に完成させた映画というのは一ファンとして興味がありましたし、それに携われるというのはありがたいことだなと。本当にうれしかったです。

Q 字幕版で映画をご覧になった感想は?

ケイト・ブランシェットさんの声が素晴らしいので、正直、日本語版のナレーションは必要ないのではないかと思ったのですけれど(笑)。映画そのものについては、感服しました。個人的に常々美しいものが好きなんです。それは自然であったり、人の手によって生み出された絵画であったり音楽であったり、なんでも。わたしの中で、本当に美しいものには二つの基準があります。それと出会ったとき、一つは呼吸が止まりそうになるもので、もう一つは呼吸が楽になるもの。ところがこの映画に関しては、両者が同時に訪れました。呼吸が止まるほどハッとさせられる瞬間が何度もありましたし、その一方で呼吸がす~っと楽になるような、魂をやさしくマッサージされているような感覚を覚えたりしました。

■テレンス・マリックは品がいい!

■テレンス・マリックは品がいい!

Q 美しいと感じたのは、どのようなシーンですか?

まずは宇宙の根源であるビッグバンを象徴するような映像です。CGかと思いきや、きちんと本物の火を使って作られたものだそうです。その撮影手法たるや、綿密に計算なさったのだと思います。深海の生物を撮るにしても、南極の撮影にしてもそうですが、美しい自然を余すところなく撮っていらっしゃる。自然の残酷さまでも。野生のチーターが餌食である動物をむさぼるシーンなどはハッとさせられます。そんなふうにこの映画では美しいものと醜いもの、善と悪、生と死、始まりと終わりなど、この世に存在する二つの対極にあるものを同時に見せられます。その矛盾を知らされると共に両方とも存在するのがこの世の中だということや、そうした世界をいかに生きるか? を教えられるようでした。そういう意味で呼吸が止まるようでもあり、呼吸が楽になるようでもあったのです。もはや抗いようのないもの、受け入れるしかない作品なのかなと。

Q 映画を観るというより、五感をオープンにして映像と音楽に身を委ねるという感覚でした。

そうですね。実際に行ったことはないのですが、イスラエルの死海にたゆたいながら、自身の人生を振り返っているような。それでもっともっと魂の奥まで行き着いてしまったような……そんな感覚でしょうか。

Q どう撮ったのだろう? と思う映像がたくさんありました。

そうですよね! 野生の動物の自然な状態を撮影するため、1キロほども離れた場所にカメラを置いたりしたそうです。CGと実写の融合にも違和感がなかったですよね。薄明りの中で美しい映像が撮れるという“マジックアワー”、日没後の数十分という限られた時間の中で野生動物の貴重な姿をカメラに収められたことは奇跡だと思います。それでいて、例えば戦争というものを戦闘シーンで描くのではなく、サメが魚を食べる、そうしたことで表現される。テレンス・マリックさんの表現はいつでも品がいいですよね。

■東洋人に理解しやすい思想

■東洋人に理解しやすい思想

Q ナレーションで語られる言葉は、洗練された詩のようでもありますね?

どこか象徴的ですが、そこで語られていることは決して宗教や国や人種を限定したものではありません。この世の無常を嘆きつつも、結局はそれを受け入れるしかない。そうした深遠なメッセージは、われわれ東洋人には理解しやすい気がします。さらに公開にあたって監督は、それぞれの国に合わせたメッセージを映画の冒頭につけていらっしゃいます。日本では鎌倉時代の禅僧である、道元の言葉が引用されるようです。

Q 言葉を音として表現したというより、その意味を深く咀嚼(そしゃく)していったのでしょうか?

その言葉で表現しようとするところに、どれだけ近づけるか? どうしたら伝えられるのか? と考えて眠れなくなったほどです。あとは……そうですね。お客様には考えずにご覧いただくのが使命でもあるので、変にガイドし過ぎず、かといって平坦になり過ぎず。基本的にはお客様に委ねながらも、どこかでささやかな魂を込めるという、そのせめぎ合いが難しかったです。

Q そのあたり、ケイト・ブランシェットさんの表現はいかがでしたか?

本当に素晴らしかったです。瞑想の達人はガイドなしで、座っていても歩いていても料理していても瞑想できるのだと思いますけれど、初心者にとっては誰かの声にガイドされた方が楽ですよね。そんなふうに、ケイトさんの声にガイドしていただいている気持ちになりました。あまりに心地いい声で、眠くなるかと思ったのですが、むしろ眼が冴えていきました。飽きないんですよね。でも眠くなったら寝てもいいと思います。むしろ贅沢ですよね。映画館の暗闇で眠るのって気持ちがいいですし(笑)。

Q 確かにこの映画には、映画館の暗闇が不可欠に思えます。

そうですね。音も繊細に計算されていますので、映画館で味わっていただきたい映画です。きっと心が震えます。しかも本当に心地いい。なんの疑いもなく観ていただける映画だと思います。

■今を生きるしかない

■今を生きるしかない

Q テレンス・マリック監督のこれまでの作品にはどんな印象がありますか?

『ツリー・オブ・ライフ』も、この映画とどこか似ている要素がありますよね。キリスト教の要素が含まれていますが、かといって説教臭くはありません。その美的感覚と言いますか、品の良さと言うのか……お客様を信じてらっしゃるということかもしれません。

Q 『ツリー・オブ・ライフ』でも宇宙と地球の形成を映像化し、それをある家族のドラマと融合させていましたね。

前者に特化させたこちらの作品の方が、むしろドラマチックに思えました。結果的に、非常に心が揺さぶられるんですよね。

Q 宇宙の始まりと生命の営み、映像で語られることは非常にストレートです。

はい。戦争すらもこの世の中の仕組みの一つで、有史以来それがなくなることもない……そんな人間の愚かさをも描き、そうしたものを含めてこれが世の中なんだ、自然の営みだと言われているような気がします。

Q 見終えた後はビルなどの建造物に囲まれた現実の世界が、以前とは違って見えてくるようでした。

そうなんですよね。「過去、現在、未来への生命の歩みの本質を探る」と説明されていますが、そうした作品に触れたら、未来を憂うでもなく、過去を悔やむでもなく、今を生きるしかないんだなと感じました。
ドラマに映画に舞台に確かな足跡を刻み、大女優としての風格を伴う美しさをまとう中谷。口をついて出る言葉もまた、古風な美しい日本語だった。しかも幅広い知識に裏打ちされていて、話の中身が濃い。そんな彼女がマリック監督による渾身の一作にどのように取り組んだのか? 興味をそそられる人は多いだろう。また、天から降りてくる神の声のようでもあり、地をはうような腹に響く声でもあるケイト・ブランシェット版と比較してみるのも興味深いはず。きっとその声に導かれ、一瞬で日常が吹き飛んでしまうことだろう。
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取材・文:浅見祥子 写真:森口奈々

映画『ボヤージュ・オブ・タイム』は3月10日よりTOHOシネマズシャンテほか全国公開

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