『鉄男 THE BULLET MAN』塚本晋也監督、中村優子単独インタビュー
2010年5月19日 更新

今から約20年前、当時29歳の塚本晋也監督が制作した映画『鉄男 TETSUO』は、世界中のカルト映画ファンに衝撃を与え、クエンティン・タランティーノ、ギャスパー・ノエ、マーティン・スコセッシなどのクリエイターが彼の才能に心酔。そして今年、男の体が剛鉄に化す“鉄男”が、塚本自身の手で映画『鉄男 THE BULLET MAN』として新たによみがえった。本作で、“鉄男”の母親役を演じ、新たに塚本組に加わった女優・中村優子と、塚本監督に話を聞いた。
■見たことない映画? 『鉄男』生誕20周年

Q
映画『鉄男 TETSUO』が誕生してから、20年たちましたね。この20年は、監督にとって長かったですか?
- 塚本
- うそみたいですよね。20年は、早かったですよ。ほんと、転がるように過ぎていきました。
Q
中村さんは、いつオリジナルの『鉄男 TETSUO』と出会ったんですか?
- 中村
- 実は、わたし、血とかすごく苦手で、怖くて見られなかったんです。でも、今回この作品のオーディションのときに、監督の企画意図を読んで、おや? これはバイオレンスじゃない、むしろ「生きろ」っていう映画なんじゃないかなと思ったんです。とにかくやりたい! すごくやりたいと思って、じゃあ『鉄男 TETSUO』を見ないといけないって拝見しました。
Q
実際ご覧になって、いかがでしたか?
- 中村
- びっくりしました(笑)。こんな映画観たことないって。衝撃でした。音の使い方とか、リズム感とか……なんかほんと観たことない映画でしたね。
- 塚本
- そうですよね。自分で作っておきながら、確かに観たことない映画だと思います(笑)。
■真っすぐな母の愛は、グサリとくるほど強い

Q
今回中村さんが演じられたお母さんは、すごく温かい存在でした。どのように役づくりされたんですか?
- 中村
- 最初に塚本さんからお手紙をいただいたんです。美津枝は鉄男を生むときに、息子が世界を滅ぼすことになるかもしれない。それでも彼女は鉄男を生む。「その、危険と隣り合わせの情動を演じてほしい」っていうフレーズがあったんです。それがわたしにグサリときまして、役づくりの支柱になりましたね。女の性というか、子宮を常に意識して演じていました。
Q
美津枝の姿からは、母親が持つ真っすぐな強さが、伝わってきました。
- 中村
- 彼女は世界が滅びてもいいと思っているわけではなくて、むしろ、滅ぼさない自信があったんです。そういう強い決意のようなものがあるんですよ。危険があるのに、世界をてんびんにすらかけていない強さって、どう探してもない気がして。
Q
あの母親像って、どういうふうに塚本監督の中から出てきたんですか?
- 塚本
- 自分には、奥さんも母もいるし、今では自分もお父さんなわけです。父親じゃないときに『鉄男』の1と2は作りましたけど、今度の作品にはそういう自分の状況も、もしかしたら影響しているかもしれないですよね。自分の子どもが人間兵器になって、世界を滅ぼすかもしれないといわれたら、昔だったら生まないって言ってたかもしれない。でも実際、子どもを持つと、親の責任で「そうはさせないぞ」っていう意思の表れとともに、せっかくの命ですから、生み出さねばならないって感じるんですよね。
Q
20年の間に、ずいぶんと意識も変わられていったんですね。
- 塚本
- 鉄男も普通の人間も同じなんです。一人の人間がどう成長するかは、わからない。ヒトラーみたいになっちゃうかもしれないし、ならないかもしれない。やっぱり、子どもと親の関係次第で未来は決まると思うんですよね。

Q
作品に登場するほとんどの美術が、手作りなんですよね?
- 中村
- みんな(東急)ハンズで、材料買って黙々と作っていましたね。でもこの作品に登場する美術や、“鉄男”が、この小さな場所で生み出されるんだと思うと、衝撃でもあり爽快でもあり(笑)。廃虚みたいな工場で若い子たちが、鉄男のマスクとかを作っているんですよ。
- 塚本
- ちまちまとね(笑)。でもみんな一生懸命。
Q
手作りでここまでの作品ができるなんて、ただ、ただ驚愕(きょうがく)ですね!
- 塚本
- 僕も、ちょっと信じられない(笑)。もしもこれを作ったのが夢で、もう一度振り出しに戻ったらちょっと考えちゃう(笑)。新鮮な苦労を感じながら、やっているんで、夢だったとか言われたら、きっと考えちゃいますね。
- 中村
- 本当にすっごい大変ですよ。手間暇、すっごくかかっているんです。
Q
手間暇かけて作られた作品のすごさは、スクリーンからも、ひしひしと伝わってきました。これほどの映画が作られたエネルギーの源はどこからきていたんでしょう?
- 塚本
- どれもこれも大変でしたけど、最初はまったくお金がなかったので、自分たちの創意でほとんどを無から作った感じなんですよね。作品を作っている過程は、まるで錬金術みたいな感じでした。自分だけではなく、スタッフたちの知恵がとてもありがたかった。それから役者さんたちも、普通では考えられない8か月もの間、かかわってくれたので感謝しています。
- 中村
- 一つの世界をここまで作り出す監督って、ボランティアのスタッフたちも長い期間付き合ってくれる。監督は、本当にスタッフから愛されているんです。特別ですよね。
■クレイジー『鉄男』ワールドへようこそ

Q
塚本監督の作品は国内のみならず、海外からも、とても高い評価を受けています。世界のクリエイターや映画ファンから愛されている理由は何だと思いますか?
- 塚本
- この作品は、確かに海外を意識して制作したんですけど、これまで海外を意識して作ったっていうのはないんです。富士山とか忍者とか、ゲイシャとか出せば、意識して作ったってことになるのかもしれないけど、もちろん出すつもりはないし(笑)。僕の映画の場合は、もっとパーソナルな、思いの強さが直接お客さんに届いているのかなって思うんですよね。変なものとか、面白いものとか、そういうものを面白がりたいっていう気持ちはどこの国も同じなんじゃないでしょうか。
Q
この作品はこれまでいろんな映画祭を回って、とうとう日本に来たと思いますが、日本の観客にはどういうところを楽しんでもらいたいですか?
- 塚本
- 手作りの映画なんで……でもお金があればCGを使うのかっていったら、僕の場合はそういうことでもないんです。そこで生の演技をしているのを映し取りたいので、俳優さんがブルーバックではなく、本物に近いところにいて、なるべく本物の感じで、カメラのボタンをポチッと押すのが好きなんです。かなりアナログな部分がある反面、音だけは昔からのあこがれだった最新のドルビーサウンドを付けているので、たぶんお客さんは映画館で、お化け屋敷に行ったくらい体感してもらえると思います。『アバター』を観た後、すぐさま、観てもらいたいですね。
- 中村
- わたしがそうだったように、ビジュアルだけの印象だとこの映画は怖いんじゃないかと思う方もいらっしゃるかもしれません。でもそれを裏切る、生身の人間の持つ愛情の神秘や力強さが映っていると思うんです。わたしが演じた美津枝は迷いにぶつかったとき、必ず、今後わたしの人生の支柱になると思う。彼女の存在はもう消えないので。生きていくこと、そういうどっしりとしたものも感じつつ、クレイジー・ワールドを堪能していただきたいですね。

取材・文:シネマトゥデイ 写真・高野広美