
市制30周年の節目の年に、浦安が舞台の映画を作ろうと企画された映画『カルテット!』。クランクイン直前に東日本大震災が発生し、浦安市が液状化の被害に見舞われ、撮影が一時危ぶまれた。ところが、クランクインを迎えると、多くの市民がエキストラとして参加。映画はついに完成にこぎ着けた。主人公は将来を嘱望される天才バイオリニスト少年、開。彼が両親や姉と共にカルテット演奏をするために奔走し、バラバラになった家族のきずなを取り戻していく。両親役で出演した鶴田真由、細川茂樹が、本作への思いを語った。
■息子と娘はいい子とギャル!?

Q
家族の物語では、演者たちの醸し出す空気が何より大事ですが、どのように四人で空気を作り上げていったのでしょうか。
- 鶴田真由(以下、鶴田)
- 細川さんが空気づくり、うまいんですよ。
- 細川茂樹(以下、細川)
- 空気づくりだけ? 役づくりはどうでしたか?(笑)
- 鶴田
- 演技はもちろんですけど、その場の雰囲気づくりが絶妙なんです。たぶん、ご自身では無意識にやってらっしゃるんだと思うんですけど、細川さんがいるだけで、場が和むというか、そんな天性のものを感じました。
- 細川
- 本当ですか? 僕としては、若い子が二人いて、一人は新人だし、もう一人だって場馴れもしていないだろうから、鶴田さんと一緒に何となく、スタンバイ中に話すぐらいのことは気に掛けていたんです。でも、それくらいですよ。
Q
300人のオーディションを勝ち抜いた息子・開役の高杉真宙さん。最近、めきめき頭角を現している娘・美咲役の剛力彩芽さん。それぞれ共演した印象は?
- 鶴田
- 開は本当に頑張っていました。あの短期間、しかもあれだけ日本がバタバタしている中で、あそこまでバイオリンを弾けるようになるってすごいことですよ。本人も素直でいい子です。
- 細川
- 彼はいい男になっていくと思いますよ。素質もあります。最近では珍しく、きちんとした子でした。
- 鶴田
- 剛力さんは高校生! って感じの女の子でしたよね?
- 細川
- “ギャル”だったね。
- 鶴田
- 「お買い物、行きたい」「お洋服、欲しい」と話していて、かわいらしかったです。
■二人が中学生時代、描いていた未来予想図は……?

Q
主人公の開は将来を期待されながら、自分の道を模索していきますが、お二人は中学生のころ、何か将来に関する葛藤はありましたか。
- 鶴田
- 全然、何も考えてなかったですね。
- 細川
- 僕は中学のころ、サッカー選手になりたくて、日本サッカー協会に電話したんです。「サッカー選手になりたいです」って。まだJリーグがなくて、プロリーグがなかった時代だったので「ちゃんと高校に行きなさい」って切られました。今思えば、“大葛藤”です(笑)。
Q
俳優の道に進むときは悩みましたか?
- 鶴田
- わたしは、気が付いたらやっていたという感じでした。
- 細川
- 僕は就職活動もしましたし、教育実習にも行きました。選択肢はたくさんあった方がいいから。ちょうど、就職氷河期第1号だったんです。だから、相当、考えました。結論として、終身雇用とか年功序列なんて、なくなっていくだろうから、会社に行くよりも自分がやりたいことをやった方がいいかなって。当時の予測は残念ながらその通りになりましたが、サラリーマンをやっていた方がよかったのかどうかはわかりませんね。ただ、人に頼って生きていかなくてよかったぐらいの答えは持っています。
■チェロとピアノの猛特訓秘話

Q
今回、演じられた両親は音大出身という設定で、それぞれチェロとピアノの演奏シーンがありましたね?
- 鶴田
- ピアノは習っていましたが、弦楽器は触るのも初めて。構えるところから弾けるようになるまでに、とても時間がかかりました。(息子役の)開もそうですけど、チェロもバイオリンも顔の近くで弾くので、手の寄りでもごまかしが利かないんです(苦笑)。しかも、1か月で5曲も覚えなくてはならないという状況だったので、完成した映画を試写で観たときは、開とすぐ「大変だった日々を思い出すね」と健闘をたたえ合ったくらいです。
- 細川
- 実は僕の奥さんがとてもピアノが上手なんです。だから、僕は奥さんに習っていました。毎晩毎晩、お風呂に入った後、こっそり寝ようとすると、「練習、やった?」って怒られるんですよ(苦笑)。子どものころ習ってはいたんですけど、使っていないと指は動かなくなりますから。奥さんが練習を見てくれるうちに少しずつ形になってきて、弾けるようになってくる。そうすると嫌々だったのが、楽しくなってきて、子どものころの感覚を思い出しました。
Q
細川さん演じるお父さんはリストラされて、現在は主夫業という設定ですが、家事も板についていました。
- 細川
- 実生活でも、いつ仕事がなくなるかわからないので、できるだけ家事をやるようにしています(笑)。料理だって、準備から片づけまで、ちゃんとしています。まあ、一人暮らしも長かったので、好きでやっているんですけど。ただ、あのお父さんの場合は肩身、狭いですよね。リストラって、お父さんがお父さんでいられなくなるんだなって。女性の場合はダンナさんに認められたい! とか、あるのかもしれないけど、男の人はまず社会で認められたいもの。それを失ってしまったら、こういう心境になるのかなと思いました。
- 鶴田
- わたしが演じる奥さんは、細川さんとは逆の立場ですけど、やはり妻として夫は外で認められている存在であってほしいと思うんでしょうね。だからこそ、お尻もたたいて、時には小言を言ったりする。それは理解できない感情ではなかったです。
■みんなで作り上げた映画が復興の後押しになれば

Q
震災直後、液状化被害を受けた浦安市でクランクインしたときの心境を教えてください。
- 細川
- 実際に行ってみると、やっぱり、びっくりしましたね。皆さんもニュース映像で見たかと思いますが、電柱が傾いていたり、アスファルトが波打っていたり……。特に外でのロケ中は、ふと目をやるとそういう物が飛び込んでくるので、当然、平常心ではいられないわけで、集中力を保つのが大変でした。
- 鶴田
- こんなときに映画を撮っていていいんだろうか。液状化で困っている人たちがいる中で撮影をすることが、果たしていいことなのか。そんなふうにいろいろ考えました。けれど、たくさんの浦安の方がエキストラで参加してくださり、中には「楽しかったです」というメールをくださった方もいて、これで少しでも励みになってくれたのなら、わたしたちにできることがあるのかもしれないと思い直しました。映画は公開されるまでに時間差があります。撮影中は“今は大変でも、この作品が公開されるころには、「これからがんばって復興していこう」という後押しになるはず”と自分に言い聞かせながら、やっていたような気がしますね。
Q
最後に作品が無事、完成した感想をお願いします。
- 鶴田
- 公開されたときに「力、もらえたよ」ってコメントをいただけたら、うれしいですね。そういう映画になっていてくれたらと思います。
- 細川
- どんな作品もスタッフの力あればこそなんですけど、この作品はスタッフの方々が作ったと言っていいんじゃないでしょうか。そこに僕たちが乗っからせてもらった。それほど、彼らの「絶対、やるんだ!」という力強い思いをひしひしと感じる現場でした。この作品が浦安の方々の力に、少しでもなれたらと思います。

取材・文:高山亜紀 写真:高野広美