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『くちづけ』貫地谷しほり&竹中直人 単独インタビュー

2013年5月23日 更新

『くちづけ』貫地谷しほり&竹中直人 単独インタビュー

2012年に惜しまれながら解散した劇団、東京セレソンデラックスの感動作が、鬼才・堤幸彦監督の手によって映画化された。知的障害者の自立支援のためのグループホームを舞台に、そこで暮らすことになった元人気漫画家の父と知的障害を持つ娘を軸にした仲間たちとの幸せな日々、そして父娘の深い絆を愛情たっぷりに描く。娘と父を演じた貫地谷しほりと竹中直人が、現場のエピソード、演じることの魅力、作品への思いを語った。

■舞台劇の世界観をそのまま映画に

■舞台劇の世界観をそのまま映画に
貫地谷しほり(以下、貫地谷)
撮影する量は、正直すごいなって思いました。
竹中直人(以下、竹中)
脚本で20ページぐらいありましたからね。
貫地谷
それを一気に撮影するんです。でも、監督が何をやっても面白がってくださって、いろいろなことを許してくださいました。だから、みんなチャレンジしがいがあったと思います。
竹中
不思議なのは、普通の映画ならばツーショットといって2人だけ映っているカットでは他の役者はいなくなるんですが、カメラが5台もあるので必ず出演者みんなが映り込む。みんなが気を抜けずにそれぞれ芝居をしていたんです。それは、舞台の芝居と同じなんですね。みんなの存在を感じながら演じられるのは、とてもうれしかったですね。
貫地谷
それはすごく感じました。ふと竹中さんの方を見ると、父親としてすごく心配そうにわたしのことを見ている。わたしというよりも、役柄のマコちゃんのことを心配しているんですけど(笑)。でも、本当に愛情を感じました。撮影中ずっと。

Q 5台ものカメラは、演じる上で気になったこともあったのではないですか?

竹中
全然気にならなかったですね。
貫地谷
スタッフさんも、いつの間にかそこにいらっしゃるという感じでした。
竹中
そうだったね。監督の手腕だと思います。多くは語らないけれど、現場をコントロールしている。スタッフを含め、いつの間にかわれわれを解放してくれるような雰囲気を持っていらっしゃる方なんだと思います。だから、カメラが近くに来ても全然気にならないんです。
貫地谷
そうなんですよね。動いてはいるんですけど、常に気配を消している感じで。
竹中
スタッフが本当にこの作品を愛しているんですよね。作品のことがわかっているから、気配を消すことができる。その愛情を感じながら演じられることがうれしかったですね。

■「初」のときに呼んでくれる堤監督

■「初」のときに呼んでくれる堤監督

Q 堤幸彦監督というと早撮りでも知られていますが、今回は撮影方法が異例でしたし、いつもの堤監督の演出とは違う感じでしたか?

竹中
僕はちょっと違う印象がありましたね。ちょっと言葉では説明できないんですけど、発しているエネルギーがいつもとは違うような気がしました。
貫地谷
わたしは、すごく思い入れを感じましたね。堤監督は、わたしたちを好きに泳がせてくれる監督なんです。たまに、「こういう感じで」とちょちょいとえさを与えてくださるのですが、基本的には自由に泳がせてくれる感じで。
竹中
役者を信頼してくれているんだと思います。疑っていない。それも演出ですよね。強引に自分を押し通さない。でも、モニターを見ているときは、すごい顔をして、ジーッと見ているんじゃないかな? そのエネルギーは感じていました。
貫地谷
いくつものモニターを、鋭い目をして観ているんですよね。イメージが出来上がっているんでしょうね、きっと。
竹中
僕はその姿を観たことはないので、観てみたいですね、どんな顔をしているのか。
貫地谷
それで、ずっと貧乏揺すりをしているんですよ(笑)。
竹中
それはなんか印象悪いなあ(笑)。
貫地谷
でも、健康にはいいみたいですよ。堤監督とは何かご縁があるみたいなんです。初めてのときに呼んでくださる方で。初めてドラマに出たときも堤監督でした。撮影中は全く意識していなかったんですけど、終わってから映画初主演だって聞いて。そういうご縁があるんだなって思いました。

■愛情を大切にしたうそをつかない演技

■愛情を大切にしたうそをつかない演技

Q 貫地谷さん演じるマコちゃん、竹中さん演じる父親の元人気漫画家・愛情いっぽん。どちらもとても魅力的な役柄ですが、知的障害を持つ女性、そして病気であることが発覚する父親と、どちらも演じる上では難しい役柄だったと思います。

貫地谷
知的障害というものが自分の中でわかっていなかったので、どうやって表現するのかという技術的な面では迷いました。でも、根底にあるのは父と娘の愛の物語。ただ感じるまでのスピードが遅かったりとか、自分が思っていることを表現するのが苦手だったりというだけの違い。気持ちの面では普通のお芝居とは変わらないだろうと思いました。
竹中
僕は、ここのところ、病気の役が続きましたね、たまたまですが。ただ、僕は役づくりという感覚があまりわからないんです。結局、芝居の面白さは共演する相手のお芝居を受けることだと思っているので。台本もちゃんと読みたくない。全体を把握して芝居するのが嫌なんです。結末がわかっていて芝居すると、ビジョンができちゃうじゃないですか。芝居を計算しちゃうのが嫌なんですよ。
貫地谷
それ、すごくわかります。わたしも、マコちゃんの最初の出演カットのときに、「あ、芝居しちゃった」って思って。「ごめんなさい、もう1回やらせてください」って言ったのを覚えています。今回は、感情面では絶対にうそをつきたくなくて、計算はしたくなかった。今、このときに感じたことを思ってやりたい。すごくピュアに人のことを思いやる人だから、とにかくうそをつきたくないっていう思いがありました。竹中さんの役づくりに関して言えば、撮影中、みるみる痩せていかれました。「痩せていない」っていうんですけど、どう見ても痩せていっていましたよね。
竹中
そんな役づくりはしていないんですよ(笑)。僕が大事にしたのは、しほりちゃんとのことです。しほりちゃんとの撮影期間中、ずっとしほりちゃんの存在を感じていました。ずっとしほりちゃんを見ている感じかな。当たり前のことなんですけどね。
貫地谷
それはすごく感じていました。

Q 以前も父娘を演じられていますが、今回また父娘を演じられて、お互いの印象は変わりましたか?

貫地谷
竹中さんは小さい頃からテレビで観ていて、最初に観たのは大河ドラマの「秀吉」でした。真面目なシーンも多かった作品なので、逆に初めて共演させていただいた『スウィングガールズ』以降の方が、竹中さんってこういう方なんだって驚きがあった。今回は、わたしの中の原点の竹中さんを見た気がします。
竹中
そうなんだ。
貫地谷
前回の父娘役のときは「うるさいよ、お父さん」って感じでしたし(笑)。今回は、クライマックスシーンなんか、すごく引っ張っていただきました。あのシーンの竹中さんの集中力は、本当にすごいなって。ほとんどはふざけたシーンばっかりだったので(笑)、びっくりしました。
竹中
かたじけない(笑)。僕たちは、監督によって変わっていくのが仕事ですからね。今回の、クライマックスシーンまで引っ張っていく力は、堤監督の愛情のすごさです。映画だからこそのダイナミズム。あのシーンにたどり着くまでの映画。ここでは話せないけど、ぜひ、映画館で観て、感じてほしいですね。

取材・文:永野寿彦 撮影:高野広美

映画『くちづけ』は5月25日より全国公開

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