
川端康成賞作家・戌井昭人の小説を、大泉洋、戸次重幸らも所属する演劇ユニット TEAM NACSのメンバーで、名バイプレイヤーとして活躍中の安田顕主演で映画化した『俳優 亀岡拓次』。ホームレス・チンピラ・ドロボウなど、どんな仕事でも引き受ける脇役俳優・亀岡拓次の人生を、『ウルトラミラクルラブストーリー』の横浜聡子監督が独自の感性で紡いだ物語だ。酒が唯一の趣味の亀岡を巧みに演じた安田と、亀岡がほのかな想いを寄せる居酒屋の女将・安曇役の麻生久美子が、撮影秘話を語り合った。
■くしゃみにオナラ、横浜監督ならではのこだわりとは?

Q
横浜聡子監督のセンスが圧巻でした。お二人も仕上がった映像を観て、驚いた部分があったのでは?
- 安田顕(以下、安田)
- 初めて試写を観たとき、「こりゃあ参った!」と思ってしまいました。もう、監督のなせる業ですよね。自分が出ているものを観るときって、普通、アラを探すものだと思うんだけど、本当に面白く仕上げていただきました。
- 麻生久美子(以下、麻生)
- こんなにポップな感じになるなんて、驚きました。ポスターやチラシを見てオシャレだなあと思いましたし、作風もテンポがすごく良くて、見やすくて。正直、意外でした。
Q
監督との現場で、独特のこだわりを感じた瞬間はありましたか?
- 安田
- ざっくり言うと、僕は「わかんない!」という感じでした。なぜこれを話せるかというと、仕上がりが面白かったからなんです……いや、本当は理解できるはずなんですけど、現場では、監督のご指示通りに役目を果たさなければならないのに追いつけないジレンマがあったんです。
- 麻生
- 監督って、くしゃみのこだわりがありますよね。『ウルトラミラクルラブストーリー』のときもそうでした。
- 安田
- そうそう。「へっくしょい!」じゃなくて、「ぶぁっしょい!」って言ってほしいとおっしゃったりね(笑)。
Q
安曇が厨房でお茶漬けと漬け物を食べるシーンの音にも、監督のこだわりを感じました。
- 麻生
- あれ、台本にはなかったシーンなんですよ。当日、食べることにしましたって、追加で撮ったシーンなんです、どういう風に映るのかなって、よくわからずにとりあえず食べてみたら、「ズルズルすすってください」っておっしゃって。「ズズズ、パリッ」という音にこだわられていたのかもしれないです。
Q
音といえば、安田さんはオナラを自由自在に出せる方だと、監督が絶賛されていたようですが。
- 安田
- お手洗いのシーンでね。だって、お手洗いって、自由に出していい場所でしょ? たとえば、別の場所で奇をてらって出すのはどうかなと思うけど、そこは自然だなと思ってプッと出したんですね。あとは監督にお任せです。「(編集で)切るなら切って」って感じで。
- 麻生
- あ、アドリブだったんですね!
- 安田
- えーっと、逆にアドリブじゃないとしたら問題ですよ(苦笑)。「ここでオナラを願いしまーす。ぶぁっしょいって感じで出してくださーい」ってオーダーされたら、「監督、それはさすがにわかんないです!」って言っちゃうと思います(笑)。
- 麻生
- 効果音を付けたのかなと思っていました(笑)。
■酔っていたのは演技? それとも……?

Q
脇役俳優の役で主役を務めた安田さん、オファーを受けたときのお気持ちは?
- 安田
- 原作と一緒に台本を渡されて、「主演のオファーされてますけどどうしますか?」って言われて、中身も見ずに「はい、やります!」って食い気味で答えました(笑)。主演の方って大変じゃないですか。でも、今回は役柄的に、日頃のポジションと近しいものがありましてね。これならイケるかもしれないという思いがありました。
Q
しかも、マドンナ役が麻生さんですしね。
- 安田
- そりゃもう、「よっしゃあああー!」って、お手洗いでガッツポーズしましたよ(実演)。
- 麻生
- ……してないでしょ(笑)。
- 安田
- いやいや、お手洗いで力みました(笑)。
Q
麻生さんは、安田さんとの共演のお話を、どう感じましたか?
- 麻生
- うれしかったです。最近、安田さんをテレビなどでお見かけする機会が多くて、毎回印象が違う役者さんだなと思っていて、どのように亀岡を演じるのか楽しみでした。実際に、安田さんにお会いして、どんな方か知りたかったですし、横浜さんの作品でもあったので、わたしもすぐに「やります!」って答えました。
Q
亀岡と安曇がお酒を酌み交わすシーンが、なんともリアルで色気がありました。
- 安田
- そうなんです。エロではなくて、色っぽいんです。そこなんです!
Q
実際にお酒を飲んで撮影されたと伺いました。
- 麻生
- それが、さっき聞いたら「飲んでない」って、安田さんがおっしゃるんです。わたしは飲んでいるような気がしたんですよ。カットがかかっても、ずっと酔っている感じだったんですけど……。
- 安田
- ずっと酔った感じの演技の練習をしていたんです……いや、もしかしたら、本当に(飲み物に)お酒が混じっていたのかも。そこはご想像にお任せします(笑)。
■恋する芝居では、本当に恋しちゃう!

Q
安曇のセリフにもありましたが、「役者さんが芝居で好きになる相手に、リアルで好意を持ってしまうこと」って、実際にあるのでしょうか?
- 安田
- 僕は今回、ありましたよ!
- 麻生
- 本当ですか?
- 安田
- もちろんです!(と言いながら視線を下にズラす)
- 麻生
- 安田さん、どこ見てるんですか(笑)。
- 安田
- ハハハ。いや、本当に恋しますよ。とは言っても、この映画の中では、なんとなく、なんですよ。そんなに強い意志を持って安曇を想っていた、というわけではないと思うんです。淡い恋心というか、トキメキという感じだったんじゃないかな。
Q
麻生さんも、本当にトキめいてしまうことってあります?
- 麻生
- それは……(テレくさそうに)ありますよ。
- 安田
- あー、心臓の鼓動が速まってきた……。
Q
ということは、今回、安田さんにもトキメキが……?
- 麻生
- あ、今回のお芝居では、ないかな(苦笑)。
- 安田
- ブハハ(爆笑)! この正直なところがいいんですよ。正直であるというのは素晴らしいです(笑)。
■役者でよかったと思うのは、一体感を味わう瞬間

Q
役者というお仕事で、やっていてよかったなと心から感じる瞬間って、どんなときなんでしょう?
- 安田
- どうでしょうね……総じて地味な仕事ですよね。
- 麻生
- そうなんです。このお仕事って華やかそうに見えるかもしれないけど、地味なんですよ。
- 安田
- 僕は一回もないんですけど、レッドカーペットって歩いてみたくて。なぜかと言いますと、自分ひとりの力ではないから。スタッフさんや、いろんな方に支えていただいて、歩けるわけじゃないですか。ひとつの感謝だと思うんですね。だから、そんな機会もあったらいいなと思ったりします。そのくらいですよね、役者の華やかな瞬間って。あとはホント地味。明け方の三時に寝て六時に起きるとか、ざらですしね。
- 麻生
- ですよね。食事も冷たいお弁当が多いし(笑)。
- 安田
- でも、モノを作っているときの一体感ってありますよね。それは、あるワンシーンだったり、作品全体だったりいろいろですけど、その一体感を味わったときに、やっていてよかったなと思いますね。
- 麻生
- ああ、それは確かにありますね。なかなか味わえない一瞬です。
- 安田
- 今回も、麻生さんをはじめ、本当に豪華な方々とご一緒させていただきました。この作品は、横浜監督が作り上げた亀岡という男の、独特の時間がいいんです。彼はせっかちでもないし、のんびり屋でもないんですね。もしも、安曇と一緒になれたとしても、彼女より前を歩くこともないし、後ろを歩くこともないと思う。なんとなく彼女と同じペースで歩く。そんな不器用な男の姿が、ハッピーを届けるのではないかと思います。

取材・文:斉藤由紀子 写真:中村嘉昭