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『七つの会議』野村萬斎 単独インタビュー

2019年1月31日 更新

『七つの会議』野村萬斎 単独インタビュー

日本ならではの企業文化、そして日本人のメンタリティーに問い掛ける社会派ドラマが公開される。池井戸潤の小説に基づく『七つの会議』がそれだ。映画『のぼうの城』(2011)や『花戦さ』(2016)などの時代劇で主演を務めてきた狂言師・野村萬斎が、中堅メーカーの万年係長にふんする。「半沢直樹」「下町ロケット」などの池井戸原作のテレビドラマをヒットさせてきた福澤克雄監督との初タッグ作となった本作の裏側について語った。

■やっぱり浮いているキャラクター

■やっぱり浮いているキャラクター

Q これまでは『陰陽師 ~おんみょうじ~』『のぼうの城』など時代劇が多く、現代劇でも『スキャナー 記憶のカケラをよむ男』の特殊な能力の持ち主の役など人間離れしたキャラクターを演じてきた萬斎さんですが、本作でサエないサラリーマン役のオファーを受けた際の心境を教えてください。

単純にうれしかったですね。これまで演じたことのなかったサラリーマンを演じることで、役の幅が広がるなという喜びがありました。池井戸先生の原作も読ませていただいたところ、僕が演じる八角(やすみ)は会議中にいびきをかいて居眠りしているぐうたら社員。やっぱり浮いている人間です。まぁ、それが僕に求められている役なのかなと(笑)。

Q 狂言師である萬斎さんは、新ジャンルに挑戦することが楽しみでもあるんですね。

そうですね。勉強を続けることが人生だと思っています。自分がこれまで培ってきたものを、今までとは少し違った生活感のある役として生かしてみたいという気持ちがあったので、僕からも八角役についてはアイデアを出させていただきました。原作を読んで僕が感じたのは、“清貧”というイメージです。香川照之さん演じる北川部長のセリフに「欲がない奴が一番強い」といったものがありますが、清貧の暮らしを営む名もなき人間が立ち上がり、上下関係をひっくり返そうとする。狂言には太郎冠者(たろうかじゃ)と呼ばれる、召使いが主人にひと泡吹かせる演目が多く、そういうところは狂言に通じるものがあると感じましたね。

■黒いスーツは喪服のイメージ

■黒いスーツは喪服のイメージ

Q 中堅メーカーの営業部を舞台にした企業ドラマですが、八角役の萬斎さんがスクリーンに登場すると、職場の雰囲気がガラリと変わる。八角の独特な佇まいやセリフ回しは、どのように作られたのでしょうか。

衣装合わせなどの場で、こちらで考えた八角像を福澤監督にお見せすることから始めました。まず背筋は猫背にして、無精髭を伸ばし、髪はボウボウに。衣装は黒のスーツ。喪服のイメージです。予告編にも八角が「俺が殺したんだ」とつぶやく場面がありますが、彼の秘めた過去を示すものでもあります。福澤監督には現代劇なので抑えた芝居にした方がいいのか尋ねたのですが、「抑えなくていい」ということでした。とはいえ八角は違和感を漂わせた道化である一方、職場にずっと居続ける会社員でもあるので、その加減は結構大変でしたね。

Q いつもはぐうたら社員の八角ですが、秘密を探ろうとする原島課長(及川光博)たちを追い詰めるシーンは、鬼気迫る走り方を見せています。

あのシーンは興が乗り過ぎて、やり過ぎてしまいました(笑)。狂言師は上半身を微動だにせずに走ることが得意なんです。『ターミネーター2』(1991)のアンドロイド(ロバート・パトリック)をイメージして猛烈な勢いで走ったところ、それはもう人間じゃないと(苦笑)。本編では、もう少し抑えたバージョンが採用されています。福澤監督は同じシーンを違うアングルから何テイクも撮る方なので、こちらからいろんなアイデアを提案しながらの撮影でした。

Q 八角がイヒヒ笑いするシーンもインパクトがあります。

営業部の社員が大勢いるシーンで、どうやって八角の道化としての存在感を出すかを考え、何テイクか撮った中の一つとして「こんな笑い方もできます」と提案したものです。採用されるかどうかはお任せしていたのですが、福澤監督は気に入られたようで、完成した本編には結構使われていましたね(笑)。

■香川照之との共演は“格闘技”

■香川照之との共演は“格闘技”

Q 職場を離れた八角が、別れた妻(吉田羊)と2人で会うときだけは素顔の一人の男に戻る姿も印象的です。

吉田さん(演じる妻)と会うシーンだけは現代劇でした(笑)。逆に言うと、それ以外のシーンは時代劇です。クライマックスの「御前会議」なんて、その最たるものでしょう。お殿さまの前に家老たちが集まり、さらに分家の殿さまやその家来も控えている……。武家の時代からこの国は変わっていないということを、この映画は物語っているんだなと思いました。エンドロールが流れた後も、八角が日本社会の在り方について語るシーンが続くので、最後までぜひ席を立たずにご覧になっていただきたいですね。

Q 八角とは同期入社であるやり手の営業部長・北川を演じたのは、萬斎さんより一歳年上の香川照之さん。2人の共演シーンは迫力満点でした。

香川さんとの共演シーンは、まさに格闘技でした。僕は、福澤組は初めてで、どのくらいの熱量で向き合えばいいのか手探りだったわけですが、「半沢直樹」などに出られた香川さんが全力で攻めてくるので、こちらも思いっきりやっていいんだということを演技で教えていただきました。福澤監督も慶應義塾大学時代にラグビー選手として活躍された方。演技にも身体性を求めていることが感じられました。リハーサルも含め、すべてのテイクを全力で演じるので、手を叩くシーンは腫れ上がるほどです。精神と肉体を駆使する現場でしたが、そのことがすごく心地よくもありました。

■池井戸作品と能楽の共通点

■池井戸作品と能楽の共通点

Q 能楽はおよそ600年の歴史を持つ日本独自の伝統芸能ですが、池井戸作品と通じるものがあるとすればどういったことでしょうか。

やっぱり、弱者の目線ということじゃないでしょうか。狂言と同じように、池井戸先生の作品には弱者の目線、そして強者の目線もフラットに描かれているように思えます。「下町ロケット」では、名もなき小さな町工場がロケット開発の一端を担いますが、そこには大企業側の論理も盛り込まれています。狂言は「この辺りの者でござる」というセリフで始まることが多いのですが、身分が高い人もそうでない人も皆「この辺りの者」なんです。俯瞰して人間社会を見つめている。昆虫好きな香川さんは蟻をみると女王蟻や働き蟻といったヒエラルキーを感じるそうですが(笑)、普通の人にはどれも同じ、名もなき蟻に見えるわけです。蟻社会と同じように人間社会もフラットに捉え、その上で一人一人にスポットライトを当てているという点では、狂言も池井戸先生の作品も共通するものがあるように思いますね。

Q 50代を迎えた萬斎さんは、ますます多忙な日々が続くことになりそうですね。

そうですね。僕ももう50代。僕自身も、日本の企業も一度しっかりとフラットな目線で振り返ってみるべきタイミングかもしれません。自分の体でも企業でも悪い病気が見つかれば、きっちりと治すことが必要です。まずは健康に気をつけて、また映画界からオファーいただけるよう研鑽を積みたいですね。

取材・文:長野辰次 写真:中村嘉昭

映画『七つの会議』は2月1日より全国公開

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