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『ターコイズの空の下で』柳楽優弥 単独インタビュー

2021年2月22日 更新

『ターコイズの空の下で』柳楽優弥 単独インタビュー

『誰も知らない』(2004)での演技が高く評価され、カンヌ国際映画祭男優賞を史上最年少で受賞した柳楽優弥。あの鮮烈なスクリーンデビューから16年、30歳になった彼は、「迷路をさまよっていた」という試行錯誤の10代と20代を乗り越え、個性派俳優として大きな成長を遂げた。それを証明する作品が海外合作映画『ターコイズの空の下で』だ。KENTARO監督から即興演技を求められ、「とても居心地がよかった」という柳楽。それはまるで俳優としての“原点”を旅する宝物のような日々だったと振り返る。

■心の豊かさを感じたモンゴルでの長期ロケ

■心の豊かさを感じたモンゴルでの長期ロケ

Q 本作への出演を決断したポイントはなんだったのでしょう?

ある日、「来月モンゴルに行くぞー!」みたいなノリで、急に入った仕事だったんですが(笑)、日本・フランス・モンゴル合作のロードムービーと聞かされて、ワクワクする気持ちがありました。モンゴルでの長期(3週間)ロケや、なんとなく謎の多いKENTARO監督との初タッグなど、楽しそうな要素がそろっていたので、ぜひやってみたいと思いました。

Q 舞台となるモンゴルの印象はいかがでしたか?

撮影の本拠地は、ウランバートルから車で9時間くらいのところで、草原を馬や羊が群れをなして走っていたり、星がものすごくきれいだったり、日本とはまったく異なる風景が広がっていて、すぐにカルチャーショックを受けました。また、モンゴルの人たちのストレートな人間性にも魅了されました。「自分の言動が他人にどう思われるか」なんて一切気にしない。それでいて優しいんです。物質の豊かさでは味わえない“心の豊かさ”というか……テクノロジーにあふれた生活のよさもありますが、たまには“野生の本能”みたいなものに触れることも大切だなと思いました。

Q 言葉や撮影環境など、慣れないことも多かったと思いますが、撮影はいかがでしたか?

撮影現場にはモンゴル人と日本人のほかにも、オーストラリア人のカメラマン、チリ人の録音技師、フランス人のスクリプターもいて、さまざまな言葉が飛び交っていましたが、皆さん、とても明るくて、気さくな方ばかりだったので、特に衝突もなく、不都合はなかったです。僕個人としては、言葉の壁があることで、むしろ余計な情報が入ってこなかったので、撮影に集中することができました。

Q モンゴルの俳優陣はどんな感じでしたか?

皆さん、英語で普通に監督やスタッフさんとコミュニケーションを図っていたし、遊牧民の女性を演じた女優のツェツゲ・ビャンバさんは、国際的な映画祭で賞も獲っていて、次回作ではジュリエット・ビノシュさんと共演することも決まっている方なんです。世界でもすごく注目されていて、演技法も新鮮でした。あまり多くを伝えようとしない、洗練された“引き算”の演技で、「僕もこういう芝居ができるようになりたい」と大いに刺激を受けました。

■即興演技に懐かしさを感じた

■即興演技に懐かしさを感じた

Q 旅をしながら成長していく資産家の御曹司・タケシにふんした柳楽さんの演技がとても自然でした。

KENTARO監督からは、「(演じるのではなく)モンゴルで過ごしてください」と言われていたので、事前に準備したことは、物語の流れをつかむ程度でした。あとは、監督から勧められた黒澤明監督の『デルス・ウザーラ』(1975)を観たくらいです。撮影現場では、とにかく「コマーシャルみたいな演技だけはやめてほしい」と口酸っぱく言われました。

Q 『誰も知らない』を思わせる即興演技でした。

そうなんです。カメラの横から「ちょっと馬乳酒飲んでみて」とか、「向こうに歩いて行って、また戻ってきて」とか、けっこう即興演技を求められたので、「あれ? なんか懐かしいぞ」と。同時に「この演出、好きだな」と思いましたね。やっぱり、忘れていないんですよ、最初に体験した映画の印象って。居心地のいいものとして、いつまでも自分の中に残っているんですよね。

Q 即興演技をむしろ待ち望んでいたんですね。

普通は、セリフを覚えて準備して、現場できちんと演じるというのが基本なので、こういう思い切った演出ってなかなか受けられないんです。今回は本当にラッキーな撮影現場でした。僕の個人的な好みで言えば、その場で思いついたことを言ってもらった方が自由だし、すごくやりやすい。それに……(冗談めかしながら)責任は全て監督にある気がして、作品の評価も善くも悪くも監督が背負ってくれますし。俳優に背負わされると、正直、困っちゃいますからね(笑)。

■KENTARO監督はアニマル感のある人

■KENTARO監督はアニマル感のある人

Q 撮影で何か印象に残るエピソードはありましたか?

モンゴルでは「強い男が一番だ!」という価値観があって、相撲も強い男が尊敬されるのですが、それを象徴する事態が撮影現場でも起きてしまったんです。現地のスタッフさんが遅刻して撮影で使うバイクを届けるのが遅れたのですが、相棒のアムラ役を務めたアムラ・バルジンヤムさんがその人をぶっ飛ばしたんですよ。「ええ! 今のご時世で、こんなやり方ってあるの?」と。でも、モンゴルでは当たり前なんですね。殴られたその人も、「すみません、アニキ!」と平謝り。暴力はいけませんが、そういう圧倒的な人からもらうエネルギーって、もうバズーカ級なんですよ。

Q モンゴル人にとっては愛のムチなんですかね。それにしても豪快な撮影現場です。

僕はどちらかというと豪快な人が好きなので、なんか面白い世界だなって思っちゃいました。KENTARO監督も、アムラの武勇伝を鼻息荒く語るくらいアニマル感のある人で。そのとき、悟ったんです。「この人たちを絶対怒らせちゃいけないな」と(笑)。一緒に過ごすうちに、本当はすごく優しくて、頭のいい人たちだということが、だんだんわかってはいくのですが、最初はとにかく怖かったです。

■自分を見失っていた時期もあった

■自分を見失っていた時期もあった

Q 旅を通して人間的に変化していくタケシ、ご自身と重なる部分はありましたか?

僕も自分を見失っていた時期があったので、そういうところを重ね合わせたりはしました。自分のことをわかっているようでわかっていない、だけど自分ではわかっている気になっている。ときどき視野を広げてみたり、周りの方のアドバイスを聞いてみたり、違う環境に身を置いてみたりして初めて気がつくことが多いのですが、そういうところはタケシの心情と似ているかもしれません。

Q そういう時期があったんですね。

特に20代は大変でした。まさに迷路にいるような感じで、俳優としてどうすればいいのかわからなくなって、開き直っていたのかもしれません。テレビドラマにも出たい、メジャー映画にも出たい、舞台もできる役者にもなりたい……でもやっぱり、僕のベースはインディーズ映画なのかな? とか。欲張っていろいろやらせていただいたのですが、「いったい俺は何者なんだ?」と。そんな迷える時期に、この作品にめぐり会えたんです。即興演技という自分の“原点”を感じられる演出を受けて、「あ、俺、これだったな」と。自分が求めていた感覚を取り戻せたという意味では、一生の財産です。

Q 『HOKUSAI』『太陽の子』『浅草キッド』、そして本作と主演作が続きます。30歳になって、脂が乗り切った今、思うことは?

10代、20代の頃は“主演”と聞くと怖くて仕方なくて、毎回「マジか」と思っていたんですが、30歳になって、「よし、行くぞ!」という前向きで臨めるようにはなりました。引き出しも確実に増えていると思うので、逃げずにしっかり考えて、多くの方々に観ていただける作品を作っていきたいなと思っています。
国際映画祭に参加する機会が多い柳楽は、作品に対するリアクションがさまざまであることを目の当たりにするたびに、「日本の価値観で映画を決めつけちゃいけない」と痛感するのだとか。常識や思い込みに囚われず、いろんな“枠”を超えていく……柳楽にはそんな豪放磊落(ごうほうらいらく)な俳優を目指してほしい。自由度が高いほど、彼の個性は輝くはずだから。
(C) TURQUOISE SKY FILM PARTNERS / IFI PRODUCTION / KTRFILMS

取材・文:坂田正樹 写真:日吉永遠

映画『ターコイズの空の下で』は2月26日より全国公開

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