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『子供はわかってあげない』上白石萌歌 単独インタビュー

2021年8月19日 更新

『子供はわかってあげない』上白石萌歌 単独インタビュー

「マンガ大賞2015」で2位にランクインした田島列島の同名コミックを『南極料理人』『横道世之介』などの沖田修一監督が映画化。その“ひと夏の甘酸っぱい冒険”を描いた青春ストーリー『子供はわかってあげない』で、主演を務めたのは上白石萌歌だ。現在21歳。女優業だけではなくadieu(アデュー)というアーティストとしても活動し、表現の可能性を拡げていく彼女が「すべてを捧げた」という、愛すべき作品について存分に語った。

■この役のためなら何でもやりたいと思った

■この役のためなら何でもやりたいと思った

Q 沖田修一監督とお仕事をされることは、念願だったそうですね。

はい! とりわけ『横道世之介』(2013)が大好きで、沖田監督の作品はどのシーンも生活の香りがするんです。たとえ奇妙な出来事を描かれたとしても、往々にして日常の一部のように時間が流れてゆくのが良くて。わたし、初めて撮影現場でサインをもらっちゃいました。監督はめちゃくちゃ照れていましたね。

Q きっと、ビックリされたんでしょうねえ。オーディションでヒロインの美波役に選ばれたわけですけれど、具体的にはどういうことを?

お芝居と面接、2段階のオーディションがありました。お芝居の方は脚本の一部をいただいて、美波だけでなく、他の参加者の方々と役を交換して演技にトライしました。面接の時は「どんな映画が好きか」とか、当時水泳選手の役が続いていたので、水泳のことをお話ししたり。あと、「この美波役のためになるのなら何でもやります」と意気込みを伝えました。

Q それはすごいですね!

時期的に、一つ前の作品が大河ドラマ「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~」(2019)で、(日本人女性初の金メダリストで平泳ぎの選手、前畑秀子を演じるにあたり)体重を大幅に増量したのですが、その年の個人的な目標が「死ぬこと以外なら何でもやってみよう」だったんですね。で、結果的に“役に生かされて”いる日々を実感できたので、続けてそう臨もうと思ったんです。

■ごく自然にセリフを口にする術を習得

■ごく自然にセリフを口にする術を習得

Q 高校2年生で水泳部の美波は、書道部の「もじくん」こと門司昭平(細田佳央太)との出会いを契機に、幼い頃に別れた実の父親(豊川悦司)の居どころを捜し当てようとします。役柄との距離感はいかがでしたか。

結構近かった……です。わたしも水泳が好きだし、物事に対してあっけらかんとした部分もあります。初めて髪を20センチくらい切り、美波の癖であるガニ股で歩く練習をし、少年と少女、子供と大人の中間みたいな曖昧な美波のイメージを追求しました。基本的に明朗なんですが、あえて明るく取り繕ったり、笑い過ごしたりするところもあって。あっけらかんとした自分を、ちょっと演じてしまうあたりも似ているかもしれません。

Q 美波が緊張すると笑ってしまうのは、ある種、自分の心を防御する行為のように映りました。

そうですね。美波って、泳いでいる時にちょっと孤独に見えるんです。それが一番素直な状態で、普段はいろいろなもので自分をコーティングしている気がしますね。

Q 何だか、役へのアプローチが難しそうですが。

最初はプレッシャーだらけでしたが、でも一際肩の力を抜いて出来たというか、ガチっと身構えて現場に入るのではなくリラックスして、自分の中に美波を取り込めた充足感が強かったです。撮影前に一度、沖田監督がワークショップを開かれて、もじくん役の細田佳央太さんと一緒にお芝居をする日があったのですけど、そこでもテーブルゲームのジェンガやトランプのババ抜きをしながらセリフの交換をし、無意識に発語できるよう訓練をしたんですね。別日にも、息を吸って吐くのと同じような感覚で、ごく自然にセリフを口にする術(すべ)を教えていただきまして、それがすごく新鮮な経験でした。

■人間の青さみたいなものが詰まったタイトル

■人間の青さみたいなものが詰まったタイトル

Q 父親を捜していくうちに不思議な展開になり、しかし胸熱な青春映画であることをキープしていきます。特にあのラスト!

あの屋上でのラストシーンでは、もじくんと美波の恥じらいみたいなものがお互いに爆発するんですけど、美波は緊張して笑い、そして突然泣いてしまうんです。どういうふうにお芝居をすればいいのか悩んだものの、いざ本番では、意外と人間って極限状態になるとおかしくなっちゃうんだなあと、ナチュラルにその感情の波に乗ることができました。いつでもどこでも、細田さんがお芝居をまっすぐに受け止め、しかもたくさんの“ボール”を投げ返してくださった。美波役を生きる上で相手役が細田さんで、心から良かったと思います。

Q 原作者の田島列島さんとはお話をされましたか。

はい、打ち上げの時に。水泳大会のシーンなど、撮影中も結構お見えになっていて、作品への愛情を感じました。わたしが美波を演じたことに労いと、お礼の言葉をくださって、こういう得難い瞬間のためにお仕事をしているのだな、と思いました。すごく嬉しかったです。

Q タイトルの『子供はわかってあげない』は、フランソワ・トリュフォー監督の映画『大人は判ってくれない』(1959)を彷彿させるユニークなものですね。

わたしが『子供はわかってあげない』というタイトルから連想したのは、美波が腕を組んでこっちを睨みながら、「わかってはあげないぞ」って態度を取っている、ちょっと意地を張った姿です。“子供”の定義はありますが、精神的には厳密に何歳から何歳までを指すのかわからないし、大人になっても依然として子供かもしれない……そういう人間の青さみたいなものが詰まっているようで、大好きなタイトルです。

■10代のわたしはもういない

■10代のわたしはもういない

Q 本作は、10代最後の夏に撮影されたんですよね。

クランクアップして、美波が遠くに行ってしまったのと同時に、もう、「10代のわたし」はどこかにいなくなったような寂しさがあります。撮影中もどこか刹那的と言いますか、「この一瞬一瞬は戻らないんだよなあ」という切なさがずーっと傍らにあって、でもその分、ふとした時に出る自分の素も含め、一瞬一瞬を沖田監督に、丁寧に切り取って集めてもらっていた気持ちが強かったです。

Q では、改めて10代を振り返ると?

そうですねえ、10代は何をやってもいっぱいいっぱいというか、与えられた課題をいかにして乗り越えていったらいいのだろうと、目の前のことに向き合うだけで必死でしたね。ちょっとずつ先のことを見据えられるようになってきたかな、とは思っているんですけど。

Q それを実感するのは、どんな場面なのでしょうか。

まだ根本はきっと、そんなには変わっていません。でも前向きに捉えるならば、アイスを食べて半分残し、冷凍庫に仕舞えるようになったことですかね(笑)。自制をして、今と未来のことを少しは考えているので、我ながらちょっぴり大人になったなあって。

Q 10歳でこの世界に入られて、すでに10年を超えました。今後の展望をお聞かせください。

映像や歌のお仕事はもちろんのこと、わたしにとって舞台も大切な表現の場で。昨年、栗山民也さんが演出をされた「ゲルニカ」(2020)のような、伝えていくべき史実を基にした作品にも、積極的にまた参加したいですね。演技の方法は本当にいろいろで、自分の内側から役を絞り出したり、文章を書いて煮詰めたりするのも大事だし、ぱっと見てわかる外面の変化にも助けられます。毎回、わたしなりにその役柄に応じてのアプローチを探していきたいです。
『子供はわかってあげない』は、圧倒的な「夏」の映画だ。季節だけでなくヒロインの人生、その成長過程においても。かこつけて「夏にやってみたいことは?」と質問してみた。すると、「明確な目標が一個あります」と切り出しつつ、「スキューバダイビングのライセンスを取得したいです。やっぱり水の中が好きですし、海の底を見てみたい!」との答えが。聡明で、なおかつチャレンジ精神旺盛な彼女は、これから海の底を目の当たりにし、さらにはさまざまな場に進んで赴いて、役者としてまだ見ぬ極地に立とうとするだろう。
© 2020「子供はわかってあげない」製作委員会 ©田島列島/講談社

取材・文:轟夕起夫 写真:杉映貴子

映画『子供はわかってあげない』は8月20日より全国公開

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