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スリー・ビルボード (2017)

THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI

監督
マーティン・マクドナー
  • みたいムービー 1,129
  • みたログ 3,890

4.04 / 評価:3,063件

娯楽度の高い「クラッシュ」

  • TとM さん
  • 2018年6月12日 21時58分
  • 閲覧数 1184
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

観る前にはサスペンスのようでミステリーのような印象を与える本作の正体は、差別、偏見、ステレオタイプなどを扱った愛についてのヒューマンドラマだった。
先の読めない展開と皮肉に満ちた巧妙な脚本は私の目を釘付けにするのに充分だった。

あなたが他人と関わろうとする時、あなたは相手をどの程度理解しているだろうか?
物質的にも思想的にも情報過多な現代において、目の前の他者を何の先入観もなく理解するのは難しい。何故なら、私たちには時間が足りないからだ。
この映画は先入観ゴリゴリ・とりあえず相手に貼った(あるいは貼られている)レッテルを通して無関心なコミュニケーションをとっていた田舎町の人々が、目の前の他者と血の通った本物の相互理解を深める物語である。

娘の事件を解決して欲しい、とシンプルに伝えても「どうせ貧乏白人の警官どもは黒人を殴るのに忙しい」から、広告を出したミルドレット。彼女を筆頭に、登場人物たちは自分以外を常に色眼鏡で見ているし、作り手も意図してステレオタイプな人物を画面に登場させている。
そして映画を観ている私たちもまたステレオタイプを通して登場人物を把握しようとしている。「娘を失った母親はこんな感じのハズ」「警察署はこんな感じの職場なハズ」「若い女はこんな感じのハズ」。
中盤、警察署長とミルドレットのシーンでその「予定調和」に乱れが起き、そこから相手を「他の誰でもないその人自身として」捉えようとする気持ちが拡がっていく。
ラベルを引き剥がし、中身を自分の眼で確かめ、コミュニケーションを成立させていくのだ。当然、しんどい。自分だって、全てをさらけ出す覚悟がいる。
その先にしか、自分と相手のオリジナルなコミュニケーションはない。

むき出しの人間同士だからこそ、ラストシーンは成立する。本音で話してるから、よく解ってる。今からやろうとしていることにあまり乗り気じゃないことも伝えられる。

この映画を「理解不能」と思った人は、一度ラベルを剥がしてみたらどうだろう?
きっと、登場人物の優しさに触れられるんじゃないかな?

詳細評価

物語
配役
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音楽

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