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スリー・ビルボード (2017)

THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI

監督
マーティン・マクドナー
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4.06 / 評価:2,504件

解説

娘を殺害された母親が警察を批判する看板を設置したことから、予期せぬ事件が起こるクライムサスペンス。本作はベネチア国際映画祭で脚本賞、トロント国際映画祭で観客賞に輝いた。娘を失った母をオスカー女優のフランシス・マクドーマンドが演じ、『メッセンジャー』などのウディ・ハレルソン、『コンフェッション』などのサム・ロックウェルらが共演。ウディやサムも出演した『セブン・サイコパス』などのマーティン・マクドナーがメガホンを取る。

シネマトゥデイ (外部リンク)

あらすじ

ミズーリ州の田舎町。7か月ほど前に娘を殺されたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、犯人を逮捕できない警察に苛立ち、警察を批判する3枚の広告看板を設置する。彼女は、警察署長(ウディ・ハレルソン)を尊敬する彼の部下や町の人々に脅されても、決して屈しなかった。やがて事態は思わぬ方へ動き始め……。

シネマトゥデイ (外部リンク)

映画レポート

(C)2017 Twentieth Century Fox
(C)2017 Twentieth Century Fox

「スリー・ビルボード」悲劇と喜劇、悲哀と笑い。果てしない不毛さの中に現れる“愛でるべきもの”

 一年のうちに一度か二度、ああ、この映画のことはこれからも繰り返し頭の中を駆け巡るだろうと思える作品に出会う。2018年はまだ1月だというのに「スリー・ビルボード」に出会ってしまった。年末にベスト10を選ぶ時に、早くもひと枠が埋まったようなものだ。

 「スリー・ビルボード」は、ミズーリ州エビングという架空の田舎町を舞台にした群像ドラマだ。中心となるのは、娘を何者かに殺された母親ミルドレッドと、住人たちから信頼の厚い警察署長のウェルビー、そして署長の部下で粗野な巡査ディクソン。娘を殺した犯人が捕まらないことに業を煮やしたミルドレッドが、町はずれにある三枚の古い看板に署長を非難する意見広告を出したことから、町全体を揺るがせる騒動が勃発する。

 悲劇に見舞われた母親の切なる訴えと、事件の解決に消極的な警察との対立――という構図だが、脚本も手がけたマーティン・マクドナー監督は「世の中はそんな風に白黒つけられるものではない」と言わんばかりに観客の早合点をひとつひとつ裏切っていく。ぶつかるべき敵役かと思われたウェルビー署長は誠実な人格者だし、ミルドレッドのゴリ押しは無責任に波風を立てているだけにも思えてくる。

 途中で犯人捜しのミステリーに向かうかのように思えるが、それもスッと梯子を外されてしまう。最も憎まれ役であるはずのディクソンさえ、環境によって偏見と暴力性を育まれた弱き者でしかない。気がつけば、姿を見せない犯人以外に誰も悪人などいないのに、なぜいがみ合わなければいけないのかと不毛さばかりが浮かび上がる。

 いや、この映画の凄さは、現実の世の中は、そしてわれわれ一人一人の人生など所詮不毛なのではないかという疑念を容赦なく追及しながら、そこにもまた、可笑しさや愛でるべきものがあるのではないかと思わせてくれること。正直、本作をジャンル分けすることは不可能だ。悲劇と喜劇、悲哀と笑いが常に背中合わせで、いつどちらの顔を見せるのかわからないという点で「スリー・ビルボード」は昨年の賞レースを賑わせた「マンチェスター・バイ・ザ・シー」と共通する視点を持っていると言える。

 とりわけミルドレッドとディクソンは、日本人的な和を尊ぶ感性からすれば我が強すぎて空気を読まない問題人物だが、あらんかぎりの力で壁にぶつかっていく不器用で正直な生き様を見ているうちに、われわれ観客も共に全力で迷うべきだという確信さえ生まれてくるのである。(村山章)

映画.com(外部リンク)

2018年1月25日 更新

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