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神は死んだのか (2014)

GOD'S NOT DEAD

監督
ハロルド・クロンク
  • みたいムービー 40
  • みたログ 122

2.34 / 評価:116件

「知的エンタメと真逆映画」と皆に伝えよう

  • 真木森 さん
  • 2015年1月9日 11時56分
  • 閲覧数 1759
  • 役立ち度 20
    • 総合評価
    • ★★★★★

うーん、大変なものを見に行ってしまった。
 テーマが面白そうだったので気になっていたんですよ。曰く「哲学科のラディソン教授は徹底した無神論者。受講生に『God`s Dead』という誓約を書かせようとするが、敬虔な信者の主人公ジョシュはどうしてもそれが出来ない。そして教授は『神の存在を証明せよ』と要求。果たしてそれは出来るのか…」。エンターテイメントの体裁の中とはいえ、神の存在を何らかの方法で証明できるとしたなら、それは極めて知的刺激あふれる映画だ、なんて思ったんですよ。例えば『ブタのいる教室』での子ども達が本気でディベートをしていたスリリングさや、もしくは古典的傑作『34丁目の奇跡』での不可能であろう「サンタクロースの存在証明」を見事な論理的ジャンプ力で行う映画を勝手想像恣意的期待。実際見始めたら色々な人間模様が交錯してこれが語り口良し。そして肝心の教授・主人公対決ですがなかなか手練れの演出。弁舌さわやかな教授と自分の信仰に真摯であろうとする彼との対比が鮮やかで、彼は超現実主義で支配的な彼女に「空気読めよ。私のことだけ考えろよ」ってなじられつつ、理論武装したものの生硬にも程があるプレゼンをして教授の一言であっさり轟沈。さあ、ジョシュはどうするのか。その他の人々の抱えている問題と信仰はどう折り合いがつけられていくのか…。それこそオールドハリウッドで連綿と作られてきた「物語様式」の定型をなぞって、「一本とられた!」っていう爽快な結末への期待が高まります。
 と   こ   ろ   が   ………
 私は完全に事前リサーチを間違えました。これは『ブタのいる教室』系でも『34丁目の奇跡』系でもなく、『エル・カンターレ』系を見に来てしまっていたのです(この例えが分からない人は調べてみてね)。いやな予兆が生じたのは、教授が「お前のロー・スクールへの道を閉ざしてやる」ってTHEアカハラな迫り方をして「あれっ、この教授って合理精神を体現するようなキャラじゃなかったの? あくまで学問での対決は理知的な応酬で決着をつけるのがフェアな態度じゃないの?」って違和感を持ってから。その後は失望がごんごん膨れあがります。特に主人公の神の存在証明は全く話しにならない。無神論者が「神は存在しないことを証明できない」ことや「有神論者を論難する根拠が脆弱である」ことを示して、それで神が存在しているものとしている。なんだそれ。「自由意志」の使い方も根本的に間違ってるし、「神が存在することは科学でも証明されている」って勢いに紛れて言ってるけど、それはいつ誰がよ! ラストの論争はもはや争点がすり替わっていて「教授が無神論を強要するのは間違っている」と弾劾する全共闘日大斗争みたいな感じ。教授への刑事コロンボ的引っかけとどめ刺しも一瞬凄そうに見えて全く無意味。「教授が神の存在を信じている」ことは明らかに出来ても、「神が存在している」こと自体の説明にはなっていない。そして教授は懲罰を受けるかのように車に轢かれて、「目が見えなくなったパウロが回心して教父へと転じていく」故事をなぞったのかな、と思いきやそのまま殺してしまって「そんな彼でも神はともにいてくれる」っていうスーパーご都合主義展開。ムスリムの彼女も改宗。ネットで信仰攻撃をしていた彼女もガンで死ぬので回心。一番ひどいのは無宗教者という記号で配置された中国留学生まで唐突に入信。大団円の宗教法悦コンサートで狂熱=カルトに包まれて、「みんなもGod`s Not Deadと100人にメールしよう」という『不都合な真実』メソッドでエンドクレジット。心は完全に冷え切っていました。「知」の真逆、「盲信」の領域の映画でしたよ。
 町山さんの著作でも紹介されましたが、米国ではこういうマスメディアの広報術を駆使するキリスト教原理主義団体があって、信仰のテーマパークまで作っているんですってね。そういう団体が作った映画だったのでしょうか、色々既視感があったのはその定型的広報術が横溢した作り故? 例えば群像劇で人間関係が絡み合い、最後に一点にまとまるっていうのは『桐島、部活やめるってよ』でも使われた『ナッシュビル』的手法だったし。でもね、悪いけどそうはいかないよ。「信じる人には神はいる。私は信じないし、そもそも信じる以前にそんな観念はないから神はいない」ということを確認できただけでした。あの教授の強要も“God`s Dead”だから神が存在「していた」ということが前提な訳です。まさに「無神論者は元々敬虔なクリスチャンだった者が多い」ですね。私は“There`s No God”という立場ですから、まあ本作は気味の悪いプロパガンダ映画でしたよ。それでも演出は見事だったし、こういう精神文化が一方で確実にあることも知れたので★は2つかな。知的エンタメとは全く遠いプロパガンダ映画ですから行こうと思ってる人は気をつけて。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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  • ファンタジー
  • 不思議
  • 不気味
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