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ジャンヌ/愛と自由の天使 (1994)

JEANNE LA PUCELLE: LES BATAILLES

監督
ジャック・リヴェット
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4.00 / 評価:4件

新しいジャンヌ・ダルク象か

  • yamaneko_bucchi さん
  • 2010年6月13日 23時41分
  • 閲覧数 487
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    • 総合評価
    • ★★★★★

 仏英百年戦争のさなか、聖人たちの「お告げ」を受けて戦った、フランスの愛国戦士ジャンヌ・ダルクの活躍と悲しい末路を描いた二部作の第一部。本作では、ジャンヌ率いるフランス軍が、英領となっていたオルレアンを奪回するまでを描く。

 映画は、1455年に行われたジャンヌの名誉復権裁判でジャンヌの母親が、31年に19歳で処刑された娘の無実を訴えるところから始まる。ここから振り返って、ジャンヌが地元の守備隊長に何度も掛け合い、王太子シャルルを救いに行く許可を得るという、そもそもの経緯から描き起こす。
 蛇足ながら、この隊長は英仏連合王家の支配下にあったとのことだが(映画ではそこまでは描いてはいない。たんなる歴史的事実だが)、当時というか当地というか、支配体制がそれほど強固でなかったことがうかがわれる。
 なお、この時代は日本でいえば室町時代で、足利八代将軍義政の治世。京都の人が「先の戦争」と呼ぶ応仁の乱は、1467年から十年の長きにわたった内乱である。

 王太子に会い、また教会関係者の審問にも合格したジャンヌは、晴れてフランス正規軍の将となってイギリス軍に立ち向かう。
 戦死者が多く出ている一方、敵の矢を自らの肩に受けると失神し、痛い痛いと泣き叫ぶ。およそ指揮官らしからぬジャンヌの姿はしかし、文字どおり乙女のようで、いじらしくもある。無理もない。いまの日本でいえば、女子高校生の世代ではないか。
 初めての戦いで、しかもいきなりの司令官では戸惑うことばかりだが、「お告げ」を頼りに、自軍内部の確執を含めて乗り越えていき、ジャンヌは立派な兵士に成長する。
 攻防の末、戦いは勝利し、ジャンヌ軍はオルレアンの奪回に成功する。

 ──と、こう書けば、大活劇ロマンのようだが、全然違う。すこぶる地味なのだ。
 画面は暗いし、BGMは流れんし。アメリカ映画ならド派手に飛ばすところだろうが、この監督はおとなしい。話の展開も淡々としているし、日付や場所を字幕で提示して説明するところなど、記録をめくっていることを示しているのだろうか。
 戦闘のシーンも、けっこうな人数がぶつかり合っているはずだが、小競り合いという感じ。ジャンヌも、あれだけの功績を残した人にしては、キャラクターとしての主張が乏しい。祈りを捧げるシーンはよく出てくるが、「お告げ」を聞く場面は一つもない。気をつけないと、彼女は睡魔をも放ってくる。

 そもそも、いまの「ジャンヌ・ダルク象」は、復権裁判でジャンヌの名誉が回復された後に半ば神格化されたものが固定化したのだそうで、まあ、そりゃあ、確かに映画や小説の主人公と実在の人物とは違うでしょうなあ。
 とすると、この映画の監督は実際のジャンヌに近づくことを目指したか。
 ならば、史実のジャンヌとはどんな人であったか。
 ジャンヌに関する資料というのは、この映画の続編に出てくる、例の宗教裁判での記録が第一次のものになるのだそうだ。そしてその記録は19世紀中ごろに活字本として出版されたのだが、これがまた不備が多いのだという。1960年代になってからやっと新しい校訂本の作業が行われるようになったとのことで、ジャンヌの研究はようやく緒についたばかりだとする研究者もいるほどだ。

 つまりほんとうのジャンヌを知る者はこの世にいないし、もちろん、だれも見たことなんかない。想像で描くしかないが、これもひとつの解釈なのだと。
 バッハやベートーヴェンの音楽を当時のままに再現すると、ずいぶん、こぢんまりとしたものになるらしい。大演奏会になってしまうのは現代だからこそで、当時はこんなに派手ではなかったという。
 そう考えれば、15世紀のフランスも、こんなふうに暗く、悲しかったのだろうな、と思えないわけでもない。なにしろ、ほんとのことは誰も知らないのだから。
 それにしても、ジャンヌはちょっと年を取り過ぎではないかな。17、8歳にはどうしても、見えんのやけど。それとも、当時の17、8歳はこんなもん?

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