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ジャンヌ/薔薇の十字架 (1994)

JEANNE LA PUCELLE: LES PRISONS

監督
ジャック・リヴェット
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4.33 / 評価:3件

歴史の解釈に参加すると。。。

  • yamaneko_bucchi さん
  • 2010年6月14日 23時46分
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    • 総合評価
    • ★★★★★

 仏英百年戦争で活躍したジャンヌ・ダルクを二部作で描く、壮大な物語の第二部。すでに映画の雰囲気には馴れた。15世紀の暗く悲しいフランスは把握できた。ジャンヌの放つ睡魔にも、もはや臆するものではない。
 前編にあたる「愛と自由の天使」で英軍が占領していたオルレアンを奪回したジャンヌが、ランスの地で戴冠式を挙行するように王太子シャルルに主張するところから映画は始まる。
 
 ランスはフランス北部に位置する大都市で、古代ローマの時代に由緒を述べる古都市である。フランス王国発祥の地とでもいうべき場所柄で、歴代の王の即位式もこの地で行われていた。シャンパンの醸造で有名で、重商主義を唱えた17世紀のコルベール、さらにジャン・ボードリヤールもこの地の出身。

 ジャンヌにしてみれば、このランスで即位してこそ正統なフランス王であることを内外に示すことになるのだが、どうも、この王太子は気が乗らない。
 ランスまで行くには英軍と戦ってこれに勝たねばならんわけだが、そこを躊躇したというのが歴史の定説だ。
 しかし、映画を見る限り、この王太子は最初っから、あまり王位へのこだわりがない。積極的に王としての何たるかを務めようという大望のようなものをいだいているようには見えないのだ。
 べつに、このままでいいじゃないか。自分の命が脅かされるでもなし。イングランドなんか相手にドンパチしたら大変なことになるぞ。クワバラ、クワバラ。。。
 ──こんな声が聞こえてきそうである。

 前編でジャンヌが遠路、訪ねて来た折も、ほんとは会いたくなかったのではないか。だから、王らしくない服装をして隠れた振りをしていたのではないか。あれはジャンヌの眼力を試すために芝居を打ったのではなく(そういう歴史上の説があるが)、ほんとはジャンヌに会いたくなかったのではないのか。
 戴冠式はあの有名なノートルダム大聖堂で行われたが、どうもジャンヌを疎遠にしたがったように見えたし、パリ侵攻の際も、ジャンヌら現場の者が再三、出陣を要請したにもかかわらず、けっきょく姿を現さなかった。それどころか、ひそかに敵方と和議を結び、前線の真後ろから弾を撃つような真似をしたのだ。

 ジャンヌはコンピエーニュの戦いで敗れて捕らえられたが、そもそもの原因は王太子との相性の無さにあったのではないか。
 王を尊び、王を敬うジャンヌは、王に国と民のために存在してほしいと願う。そのためならば、ジャンヌは一身を投げ出すこともいとわない。なぜならば、そうせよと「お告げ」があったからである。ジャンヌは従順なクリスチャンなのだ。
 しかし王太子には、ジャンヌのその純情が鬱陶しい。その強迫性が耐え難い。なぜ、このままにしておいてくれないのか。余はこのままで十分なのだ。
 遠ざけたい。だから、休めと言った。休息せよと命じた。なのに、ジャンヌは戦う。立派なフランスを造ろうと奔走する。そんなことは、余は興味がないのだ。
 一方、ジャンヌにもだんだんと「お告げ」が聞こえなくなってきていた。憑いていた狐が消えたのだ。ヒステリーが治まったのだ。が、それにしても、遅かった。

 歴史のアダ花、といってしまえば身も蓋もないが、そんな花はいままで、いっくらでも咲いた。
 イエスに騙され、王に裏切られた可憐な一輪の花に今宵、グラスを傾けよう。

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