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秋菊(しゅうぎく)の物語 (1992)

秋菊打官司/THE STORY OF QIU JU

監督
チャン・イーモウ
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4.75 / 評価:13件

滑稽なのは秋菊ではなくて…

  • lamlam_pachanga さん
  • 2011年8月2日 16時12分
  • 閲覧数 1054
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

本作はほぼ20年前(92年)に撮られた農村映画で、この時期は“社会派リアリズム”に目覚めていた張芸謀(チャン・イーモウ)の代表作のひとつ。この当時、既に張芸謀は『紅いコーリャン』、『菊豆』、『紅夢』で見せた色彩豊かな映像美で知られる人だったため、本作では逆にそれを封印したことが話題となったものです。

この映画は張芸謀には珍しい諷刺喜劇で、私の大のお気に入り。先に挙げた三作での観念的なスタイルを一変させ、本作は“社会派リアリズム”と言う言葉が示す通り、素人(現地の農民)を大勢起用したドキュメンタリー・タッチで描かれています。その意味で本作と共通するのは、全く同じ手法で撮影された『あの子を探して』や『単騎、千里を走る』と言った作品。ただ、ヒューマン・ドラマとしての側面が強調されているこの二作と違い、本作での張芸謀は中国行政・司法機関の調停や訴訟の仕組みを描くことにも傾注しており、その点はそもそも本作を純粋な社会派ドラマに仕上げようとしていた意気込みの表れのようにも感じます(企画段階で周囲に反対され喜劇色を取り入れたらしい)。

映画は中国陝西省の農村を舞台に、ひとりの妊婦が筋を通そうと奮闘するさまを描きます。

些細なことがきっかけで村長(雷恪生)と慶来(リウ・ペイチー)が喧嘩となり、怒った村長は慶来の股間を蹴り上げてしまう。夫に怪我をさせられた身重の妻・秋菊(鞏俐) は村長宅へ乗り込み謝罪を求めるが、強情な村長は頭を下げない。その態度に今度は郡役場に訴え正式な謝罪を求めるが、後日やって来た警官(戈治均)は金銭による和解を提案。ところが村長はその金を投げて寄越し、「金は払うが謝罪はしない」とばかりの態度を見せる。納得のいかない秋菊は大きなお腹を抱え、義妹(楊柳春)と共に、誠心誠意の謝罪を求めて東奔西走する。

このストーリーは陳源斌(チェン・ユアンピン)の「萬家訴訟」を原作としていますが、本作がこのタイミングで製作された背景には丁度この頃(90年代)に中国で行政訴訟法が交付されたと言う事情があります。某訴訟大国の比ではありませんが、中国でも大衆(民間人)が自己権利を主張して訴訟を起こす事例が増加し始め、公布間もない同法の浸透を狙う当局の思惑と一致したのだと思われます…とまあ、これは知人から聞いた受け売り(笑)

個人的にこの映画が素晴らしいと思うのは、本来複雑な行政・司法機関の仕組み、そして調停・訴訟の流れを観客に分かりやすく伝えていること。中国映画にありがちな重苦しいだけのヒューマン・ドラマを志向せず、農村を舞台に喜劇色を交え、大衆視点で行政・司法制度をチクリと皮肉って見せた張芸謀の手腕は実に見事。

そして張芸謀以上に私が誉めたいのが、無口で素朴、でも強情な農家の嫁を演じた主演の鞏俐(コン・リー)。善良で義理堅い秋菊が、でっぷりしたお腹で村中をのっそのっそと歩き回り、ただ「筋を通せ」と頑固に訴えるあの姿(笑)後年、『初恋のきた道』で同じく農村の娘を演じた章子怡(チャン・ツィイー)、或いは『サンザシの樹の下で』の周冬雨(ジョウ・ドンユー)では、この味は絶対に出せないでしょう(別に彼女たちが下手とかってわけじゃなく)。妊婦らしい緩慢な動作などの技術的な話ではなく、鞏俐が身体全体で放つ、強かな中国人女性らしい存在感が素晴らしい。『きれいなお母さん』でも感じましたが、この人には容姿的な部分以上に、清濁併せ持った内面的な魅力を感じます。余談ですが、その意味で彼女に近い匂いを感じるのは、『ションヤンの酒家』のヒロインを演じた陶紅(タオ・ホン)ですね。

『秋菊の物語』は張芸謀のスタイルの転換と鞏俐の超名演(彼女のベストだと思います)により、現代中国の農民の生活感覚を見事に捉えています。また、改革解放路線がもたらした個人主義の萌芽も描いており、その観点からは、先日レビューした『青島アパートの夏』の農村版。この二作はどちらも同じ時代(90年代)の中国社会を諷刺した喜劇ドラマで、奇しくも同じ年に製作されています。共通する皮肉たっぷりの結末を含め、興味があれば観比べてみるのも面白いかも知れません。

ところで…本作から20年が経過しようとする今日の中国社会は、とても法とモラルが正常に機能しているとは言えません。

喜劇で済まない理不尽な現実が溢れ返る今、中国映画人が撮るべきは何なのか。

周辺国への居丈高な態度の横で鉄道をひっくり返すようなお上を戴く社会なら、空前の活況に浮かれて娯楽大作ばかりを撮ってる場合じゃないと、私は思うんですけどね。

詳細評価

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音楽

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