情事

L'AVVENTURA/THE ADVENTURE

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情事
3.7

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(13件)


  • mat********

    2.0

    アントニオーニのファンでもこれは分からん。

    その昔、確か道頓堀ピカデリーで観たアントニオーニ監督の「さすらいの二人」がめちゃくちゃ良くてファンになった。 過去の作品も観たいと思っていたが映画は映画館でしか観ないのでようやくこの作品を鑑賞する機会を得た。 プラネット・プワスワンさん、ありがとうございます。 ただ、さっぱり分からなかった。何が面白いのか。 もしかしたらモニカのファンアイテムとしての作品なのか。 行方不明のまま終わるのはまだわかる。それは作品の主題からすればどうでもいことだから。 ただ、あまりに物語が単純すぎて進展しない。 モニカの役どころが期待と少し違った。 貞淑な大人の女性ならよかったのに。

  • stanleyk2001

    3.0

    富裕層の愛の不毛

    『情事』L'avventura 1960 1960年日本公開映画 アメリカ 「五つの銅貨」「ベン・ハー」「サイコ」「許されざる者」「スパルタカス」「アラモ」「オーシャンと11人の仲間」「アパートの鍵貸します」 フランス 「大人はわかってくれない」「勝手にしやがれ」「太陽がいっぱい」 イタリア 「若者のすべて」「刑事」「甘い生活」 アメリカ映画はカーク・ダグラスが自分のプロダクションで製作した「スパルタカス」を除いて大きい映画会社が製作して配給するシステムで作られている作品。いわゆるハリウッド大作の時代。西部劇の本数はかなり少なくなってきている。 フランスはヌーベルバーグ。 そしてイタリアはヴィスコンティとジェルミとフェリーニとアントニオーニ。フェリーニの「甘い生活」ははっきりしたストーリーよりも映像で象徴的に語る作品。 そしてアントニオーニの「情事」はストーリーははっきりしているが観客をぽかーんとさせた。いや最初の試写ではブーイングが起きた。 男女が島に船で遊びに行きアンナという女性が姿を消した。いくら探しても見つからない。アンナの恋人サンドロとアンナの友人クラウディア(モニカ・ヴィッティ)は共にアンナを探していくうちに深い仲になっていく。そしてアンナの行方を追うことをいつの間にかやめてしまう。あるパーティでクラウディアはサンドロと他の女性との情事を目撃する。後悔してすすり泣くサンドロに寄り添うクラウディア。fin。 何のこっちゃ?アンナの行方は最後まで分からないまま映画は終わる。 映画の冒頭、アンナは苛立っている女性として現れる。理由は何だかはっきりしない。そして姿を消す。犯罪に巻き込まれたのか自殺したのか全く分からないまま。 サンドロとクラウディアはアンナに対する後ろめたさを感じながらズルズル付き合ってしまう。 後ろめたさがあるからサンドロの浮気を見つけてもクラウディアはサンドロを責めることはできない。 人と人が出会って求め合って幸せになるか不幸せになるか。映画みたいなハッピーエンドもバッドエンドでもない割り切れないモヤモヤした気持ちを抱えたまま立ち尽くす。それも人間ではありませんか?そうアントニオーニは問いかける様だ。 それはそれとして第二次世界大戦で敗戦国となったイタリア。この映画の登場人物はもはや生活のためあくせく生きる人たちではない。運転手付きの自動車やクルーザーを持っている人達だ。 同じ年にヴィスコンティが撮った「若者のすべて」は田舎からミラノに働きに出た貧しい若者達の話だった。同じ年の同じ国の違う階層の人々の物語だ。「若者のすべて」の若者達から見れば「情事」の登場人物は生活のためにあくせくする必要がなく愛してるだの愛してないだのやってられるいいご身分に見えるだろう。図らずもこの時代のイタリアの貧富の差を感じた。 モニカ・ヴィッティは見た感じがファッションモデルみたいなルックスだけどこのモヤモヤした感情を見事に演じている。RIP

  • fra********

    1.0

    愛の不毛?アホくさ

    どこが面白いのかさっぱり。イタリア人が色情狂ということはよくわかった。

  • スーザン

    3.0

    何はともあれ、モニカ・ヴィッティ。

    バカンス先で忽然と姿を消した親友アンナ。 彼女の捜索に奔走する中で、その婚約者サンドロと深い仲に陥って行くクラウディア。 罪の意識を持ちながらも情事を重ねる。 アンナになりたかったクラウディアが愛おしく、 愛など置き去りの男が生々しい。 どのシーンもモニカ・ヴィッティに見惚れます。

  • 柚子

    2.0

    怖い、不気味、気持ち悪い

    バカンスで、無人島へ アンナが忽然と消える 恋人サンドロを始め、友人クラウディアたちは、必死で探す 事故か自殺か、または、別の船で勝手に帰ってしまったのか… 皆、家路に着くも、サンドロとクラウディアの2人だけは、懸命にアンナを探し続けるが、なぜかサンドロは、クラウディアにちょっかい出し始め、クラウディアもまんざらではない様子 そのうち、お互い愛し合うようになって… 常識では考えられないが、こういう男女の関係は複雑だし、こんなこともあり得るのかな?なんて、呆れながら見ていたら… なるほど そういうことね 納得はしたものの、なんだか不気味な後味

  • 一人旅

    2.0

    性に合わないアントニオーニ・・・でも

    第13回カンヌ国際映画祭審査員賞。 ミケランジェロ・アントニオーニ監督作。 令嬢アンナは恋人サンドロ、友人クラウディアと共に海へ出かけるが、小島に上陸した際アンナが行方不明になってしまう。捜索を続ける中、サンドロとクラウディアの距離は接近していく・・・。 どうやらアントニオーニ作品は性に合わないようだ。全くと言っていいほど楽しめなかった。 「愛の不毛」三部作の中の一つだから、テーマは鑑賞前から何となくは分かっていた。それでもこの作品の良さに気付けなかった。 ただ、愛とセックスは別物・・・という感想だけは持てた。男は愛なしでもセックスは出来る。でも女は愛あるセックスを切望する。もしかしたら相手に愛はないのかもしれない・・・心の中では薄々気づいていても、女は男に抱かれることを選択する。もしかしたらセックスによって男の自分への愛を確信できるかもしれないという期待を抱いて。もしくは、抱かれることで愛が生まれるのではないかと信じて。 ラストシーン(映画は唐突に終了する)に見せるクラウディアの優しさは切ないが救いでもある。 不信と愛なきセックスに支配された中、唯一残された正真正銘の愛のかたち。クラウディアのさりげない行動の中に、この映画における最初で最後の愛を見た。

  • gor********

    3.0

    やっぱり腑に落ちない

    この時代のヨーロッパ映画ってのは、 どうしてこうもおしゃれーなんでしょう。 とりわけ登場女性陣の個性的でしかも美しい面々。 クラウディアが、街中のまわりの男たちから一斉に視線を注がれる シーンがあるが、いや、振り向きたくなるその気持ちよくわかります(^^ゞ 内容はといえば、あえてサスペンス的な部分の結末は 見せない演出だったんでしょうが、 個人的にはやっぱり腑に落・ち・ま・せ・んー。 そもそもサスペンスとしては見ないで、 それ以上に解明なんかできない男女の恋物語として 観賞するのがよろしいんでしょう。 にしてもありゃただの女ったらしのオッサンでしょ。

  • syu********

    4.0

    60年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門賞

    1960年公開のイタリア・フランス合作映画。ミケランジェロ・アントニオーニ監督、 ガブリエル・フェルゼッティ、モニカ・ヴィッティ主演。本邦初公開は1962年1月。 外交官の娘アンナは、倦怠期の恋人サンドロ、親友クラウディアとともにヨットで地中海に出る。立ち寄った小島で忽然と姿を消したアンナ。残された二人は行方を捜す旅に出るが、しだいに親密さは増し、やましさを覚えながらも情事に耽る。やがてアンナのことを口にしなくなった二人には、新しい恋が始まるかに見えたが……。 モニカ・ヴィッティの気だるい雰囲気と独特の存在感とが強烈に印象に残る映画. 後に「愛の不毛」三部作と呼ばれることになる作品群の第一作。公開当時、観客の期待を裏切る「腑に落ちない」結末で話題となり、行方不明のままのアンナに出頭を呼びかける新聞記事も出たという。 1960年代、映画界は、アメリカ映画よりもちょっとお洒落で知的だった欧羅巴映画がもて囃されていました。

  • どーもキューブ

    3.0

    いなくなる不安と情事

    ミケランジェロアントニオーニ監督。突然の登場人物の失踪、我々観客は意図も簡単に迷い、不満になる。シチリアで鳴り響く声、崖。それよりもベェッティは愛を求め不器用に不穏な影を感じながら男(若干イケメンじゃない)とさまよう。我々の喪失者の安否や無事を祝う再開のシーンは無言にもうつされることなく、2人のつかずはなれずな言葉の情事。2人の愛は肉体より言葉なのかも!二人の不安な時間はささやかだ。ラストのやり場のない我々の不安は、2人のひそやかな触れ合いと愛撫に不安な安堵を覚える。不可思議な愛物語の崩壊だ!

  • iwa********

    4.0

    “オデュッセイアの弓” 羽仁進の寓喩

    ATGパンフレットに羽仁進が「情事」に寄せて“オデュッセイアの弓”というような題名でアントニオーニが図らずも試みてしまった映画構成の破壊を示唆していた。彼しかひくことのできない弓をひこうとして尚、引くことの叶わなかった挑戦はその後再び試みられることはなかった。「ある愛の記録」「椿を持たぬ婦人」のルチア・ボーゼに始まり「女友だち」を経て「さすらい」のポー河の彷徨の後の絶叫に至っても試みられることがなかった構成の破壊は、レア・マッサリの失踪をそのままにすることなく丘の上のモニカ・ヴィッティによる奇妙な静謐に収束してしまう。シネマ新宿の太い柱の陰から眺めた情事の映像は歪な肌触りを残していた。 1965年「イタリア映画戦後の歩み」と題された京橋フィルムライブラリーでのアントニオーニにはそれでも「夜」以降の作品にはないザラついた感触を持続させていた。

  • dob********

    5.0

    アントニオーニ作品の変節点

    『情事』 アントニオーニとモニカ・ヴィッティの愛の始発点とも言うべき作品。 都会の喧騒溢れるローマとはうって変わって、この映画の舞台はシチリア島。 シチリアの風景の荒々しさがフィルムの中の人物(それは殆どの場合、モニカなのだが) の孤独感と喪失感を強調している。モノクロームの風景の中に彼女が立つだけで、そこにはもう不安の影が立ちこめる。そして彼女の視線、唇や手の微かな動き、背中が彼女の 深層心理を炙り出すかのようだ。 物語はある無人島でサンドロの恋人アンナが失踪する所から始まる。 突然の失踪に説明は一切無い、ただ荒涼とした風景に彼女の名を呼ぶ声だけが響き渡る。 アンナの親友クラウディア(ヴィッティ)とサンドラはアンナを探してシチリア中を彷徨うが、やがてそれは2人の情事の口実となる。 クラウディアは愛に餓えているが、サンドラは不器用で人を愛する術を知らない。 アンナの影に怯え、罪悪感を抱く彼女。倦怠感漂う彼の愛にも不安を募らせていく。 二人の気持ちが重なる事はない、彼らの愛の形は荒涼としたシチリアの風景そのもの。 ラスト近くで彼女はサンドラが他の女を抱いているのを目撃し、そこを去って夜明けの空を眺めながら泣く。彼もベンチに腰を落して泣く。泣いている彼に気づいた彼女の手が彼の頭を撫でる、二人の背後が映し出され映画は終わる。表情は判らない。 二人はただ虚しく孤独を噛み締めるだけだ、、哀しい。 彼は、決してフェリーニのように観客に愛の手を差し伸べようとしない。 寧ろ、哀しい程に冷め切った現実を赤裸々に描く。 アントニオーニは『愛の不毛』を描いた作家と良く言われる。 個人的には本質を捉えた秀逸なキャッチコピーであると思うが、それだけでないと思う。 『愛の不毛』、、その一言で終わらせてしまうには余りにも安易過ぎるだろう。 それは、又違うレビューで触れるとして、、 『愛の不毛』は三部作であるとか四部作だとか、人によって異なるが『情事』はアントニオーニ作品の変節点だと感じる。前作『さすらい』も同じような虚無感を覚えたが、やはりモニカを鮮烈に焼き付けたこの作品から一般に言われる『愛の不毛』は始まったと思う。 しかしこれはまだ、序章に過ぎない。 『太陽がいっぱい』で彼の虚無への描写は最高潮を迎え、『赤い砂漠』で弾ける。 次は、『太陽はひとりぼっち』と『モニカ・ヴィッティ』について書こうと思う。

  • dor********

    5.0

    存在の不毛

    これも『さすらい』と同じく、物語のない物語だ。今回は行方不明のアンナが物語を消すための口実に使われている。しかし、『さすらい』では主人公の死という一応の結末が用意されていたが、本作には結末が存在しない。終わったというよりは、打ち切られたといった印象だ。ここに、より精緻化された「物語の破壊」を見ることができるだろう。

  • bec********

    5.0

    ネタバレ愛の不毛

    このレビューにはネタバレが含まれています。
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