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愛すれど哀しく (1971)

BUBU

監督
マウロ・ボロニーニ
  • みたいムービー 2
  • みたログ 47

3.73 / 評価:15件

哀れ彼女は娼婦、絵画的映像美に魅了される

  • じゃむとまるこ さん
  • 2013年8月23日 0時27分
  • 閲覧数 1367
  • 役立ち度 10
    • 総合評価
    • ★★★★★

原作は20世紀初頭の自然主義文学「ビュビュ・ド・モンパルナス」、昔学生だった頃本屋でアルバイトをしていて、バイト代がほとんど残らないほど本を買い込んでいた時代に読んだ一冊です。
本作はモンパルナスをイタリアのミラノに置き換えビュビュを脇役に、男にすがるしか生きる道のない貧しい娘マルタ(オッタヴィア・ピッコロ)の逃れようもない転落の人生を叙情的に、原作の主題を見失わず絵画的映像美で文学的香り高い作品としてイタリア映画の魅力を感じさせてくれます。

当時の下層階級の女はどんな形であれ男にすがって生きるしかなかった、たまたま運悪く惚れたパン職人の男ビュビュは生来の怠け者、男に言われるまま娼婦になるしかなかった、男にとっては金ずるでしかないが女にとってはホレた弱み、しかしどんどん腐れ縁に転落していく、当然の成り行きのように梅毒に侵されそれでも男から逃げることはできない。

本作の前年「わが青春のフロレンス」でカンヌ映画祭主演女優賞獲得のオッタヴィア・ピッコロが娼婦に転落しても汚れない魅力を持つマルタを瑞々しく好演、幼さの残る表情が哀しい。
田舎出の純粋な青年ピエロ(マッシモ・ラニエリ)との間にささやかな希望を見出すが、それもビュビュによって奪われてしまう。

彼女を待っているのは姉と同じ梅毒による廃人への道しかないのか。
マルタを奪い去られたピエロの悲しみに満ちた表情の静止画像が人生の理不尽を感じさせる悲哀に満ちた自然主義文学ならではの余韻を残します。

1950~70年代のイタリア映画は傑作揃いです、個性豊かな監督たちがひしめいていた時代、本作のマウロ・ボロニーニもそんな中の一人なのでしょう、ロートレック絵画を感じさせる娼婦の生態を下品に堕ちることなく芸術的映像で描き出しています。

音楽はニーノ・ロータと並んでイタリア映画音楽界の巨匠カルロ・ルスティケッリ、感傷的なメロディーを得意としていますが、本作では主題歌的なものはなく地味な仕上がりでちょっと残念かな、という気がしました。

オッタヴィア・ピッコロとマッシモ・ラニエリを主役として描いているのでビュビュの人物造形が物足りないのも残念です。
ビュビュはマザコンで依存して生きることしかできないのでしょう、だからマルタとは共依存のような関係に感じました、依存できなくなると最後は暴力で支配する、このあたり現代に通じる人の心の有り様も感じたのですが、そのあたりの掘り下げ方が足りないのでお話の説得力が物足りなく思いました。


映像の魅力も大きいのですが、本作が未だ人気を保っているのはひとえにオッタヴィア・ピッコロの魅力故でしょう。

【余談】同じ自然主義文学の映画化、モーパッサンの「ベラミ、愛を弄ぶ男」のラストシーンは本作と同じ手法、ロバート・パティンソンの余韻の残る表情の静止画像で終わるのですが、このシーン、本作のラストシーンの影響を受けているのは間違いないと思いました、そっくりそのままですから。

詳細評価

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音楽

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