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素晴らしき放浪者

素晴らしき放浪者

BOUDU SAUVE DES EAUX/BOUDU SAVED FROM DROWNING

84

一人旅

5.0

流れる川の如く…

ジャン・ルノワール監督作。 自由気儘な放浪者と彼を助け出した一家の関わりを描いたコメディ。 1919年に初演されたルネ・フォーショアの同名喜劇をジャン・ルノワール監督が映像化したキャリア初期作品で、“流れる川”をモチーフにしたルノワールらしい煌びやかなモノクロの映像美が画面に伸びやかな印象を与えています。 川で飛び込み自殺を図った一人の放浪者:ブーデュを、川沿いで古書店を営むブルジョワ一家の気のいい主人が救い出したことを発端として、一時的にそこに居候することになったブーデュによって家の中を好き放題掻き乱されてしまう様子と、やがて主人の妻と若い愛人を巻き込んだ不思議な四角関係に発展していくその顛末を活写した異色の人情喜劇で、ブーデュが貫徹する原始人のような身勝手な振る舞いと社会の上位層である一家の表向きの常識的言動(&その裏側にある人間的欲望)が鮮烈なコントラストをもって映し出されています。 自分を救ってくれた一家に対するブーデュの行動はどれも常軌を逸していて、出された料理に文句を言ったり、床に唾を吐いたり、寝室を靴墨で汚したり、キッチンを荒らしたりとやりたい放題の行動を繰り返します。命の恩人である一家に対する恩を仇で返すような行動ばかり取るので多少なりとも“不愉快さ”を感じてしまう部分があるのですが、ブーデュの恩知らずな振る舞いを一家の主人が寛容的に受け止めてしまうため、少なくともハネケの『ファニー・ゲーム』のような凄烈な悪意&恐怖とは無縁のユーモラスな人情喜劇になっています。 ブーデュの生き方に一般常識は通用せず、あくまで彼は自分の思うが儘に行動しているだけです。ブーデュの予測不可能な行動の数々に一家が勝手に翻弄されていくという図式であり、ブーデュ自身が一家に何かを要求することはありませんし、一家もまたブーデュを無理やり追い出そうとはしないのです。何にも囚われないブーデュの自由な生き方は、社会のルールに則った良識的一家からは明白に異質な存在として映ります。まるで流れる川の如く自然の流れに身を任せて人生をひたすらに流離うブーデュの気儘な生き方には、文明化の代償として現代人が忘れ去った“自由の歓び”が横溢しています。 主演を務めた名優:ミシェル・シモンの演技が絶品で、酔っ払ったまま撮影に臨んだかのようなフラフラした挙動&力の抜けた喋り口調はまさに名人芸でありますし、シャルル・グランヴァルも良識と欲望を兼備した気のいい主人を温かみをもって名演しています。

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