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雨に唄えば

雨に唄えば

SINGIN' IN THE RAIN

103

アニカ・ナットクラッカー

5.0

トーキー創成期ハリウッドを舞台にした名作

今回取り上げるのは、1952年のアメリカ映画『雨に唄えば』。「オズの魔法使」「巴里のアメリカ人」などと並ぶ、1940代から50年代にかけて隆盛を誇ったMGMミュージカル映画の代表的名作で、日本では翌53年に公開された。アカデミー賞では憎まれ役の女優リナ・ラモントを演じたジーン・ヘイゲンが助演女優賞にノミネートされている。 監督のスタンリー・ドーネンは1924年生まれで、30歳前の若さで本作を手がけたことになる。オードリー・ヘップバーンの「パリの恋人」や「シャレード」などが有名で、僕は「シャレード」のリバイバル公開を映画館で観た。2019年に94歳の長寿を全うして亡くなっている。 主人公ドン・ロックウッド(ジーン・ケリー)の相方コズモ・ブラウンを演じたドナルド・オコーナーがゴールデン・グローブ賞のミュージカル・コメディ部門で主演男優賞を受賞した。映画ではピアノやバイオリンを使ったコミカルな芸やジーン・ケリーと組んだタップダンス、縫いぐるみを恋人に見立てたパントマイム、コロッケを思わせる顔芸、壁を駆け上がってのバク転など、喜劇俳優としての実力と身体能力の高さには舌を巻く。 本作の時代背景は1927年(本作の四半世紀前)で、世界初のトーキー映画「ジャズ・シンガー」が公開された年である。映画がサイレントからトーキーに移り変わる時代であり、この変化に付いていけずに失脚した映画人が多かったことは、映画「アーティスト」でも描かれていた。最初に書いた女優リナは無声映画時代の大スターだが、声が悪いという弱点を抱えている。 実在の俳優ではルドルフ・バレンチノやグレタ・ガルボの声は悪かったと言われている。本作でもトーキー化に伴い、俳優向けの発声教室が人気になるという描写が興味深い。彼女の声は「ピンクの電話」の清水よし子や、「ハクション大魔王」のアクビ娘のように甲高いもので、僕の耳からすればさほど耳障りではない。この辺りは日本人とアメリカ人の感覚の違いだろう。 大物スターが集うパーティー会場で、新技術のデモンストレーションとしてトーキーが上映される場面は、さすが映画の都ハリウッドという感じがする。巨大なケーキの中から女の子(本作のヒロイン、キャシー・セルドン)が飛び出すのは古いアメリカ映画でよく見る場面だが、こういうパーティーの演出は日本では定着しなかった。 「ジャズ・シンガー」は大ヒットし、各映画会社もトーキーに参入。ドンとリナが撮影している映画も撮り直しを余儀なくされ、新技術導入に伴うドタバタぶりが笑いどころである。話す方向がちょっと違うだけでマイクが声を拾えなくなり、リナの胸にマイクを付けると今度は心臓の鼓動を拾ってしまう。試写会では映像と音がずれて観客の笑いを誘う、という具合だ。 音楽部門では、MGMミュージカルの音楽監督として活躍したレニー・ヘイトンがアカデミー作曲賞(ミュージカル部門)にノミネートされたが、本作の顔というべき主題歌『雨に唄えば』は受賞もノミネートもされていない。この歌は1929年に発表された既存曲で、映画のために作られたわけではないからだ。 しかし、いまや『雨に唄えば』といえば、ドンが街角で雨に打たれながら歌い踊るシーンが映画ファンの血となり肉となっている。映画を観たことのない人でも、このシーンだけは知っている人は多いだろう。僕が最初にこの歌に触れたのは「時計じかけのオレンジ」であったので、『雨に唄えば』に対して暴力的なイメージを持ってしまっていた。 この歌はドン、コズモ、キャシー(デビー・レイノルズ)の3人が歌い踊る「グッド・モーニング」のすぐ後に登場する。ずぶ濡れになりつつキレッキレのタップダンスを踊るジーン・ケリーの技量も凄いが、街灯・傘・帽子・水たまり・雨どいから流れ落ちる水、そして通行人や通りすがりの警官と、あらゆるものを舞台装置とする振付けにも注目したい。歌詞の内容は「憂鬱な雨も気持の持ちようで楽しく感じるものだ」というものだ。 最後に『雨に唄えば』で連想した、僕自身の思い出をふたつ書いてみたい。小学校低学年のとき、雨の中をひとりで下校していた。周りの景色はモノトーンだったがなぜか僕のテンションが上がって、道路脇の斜面を登り下りしたのをハッキリと覚えている。長靴を履いて歩くとき、ワクワクして水たまりに足を突っ込んで深さを測った経験は誰しもお持ちだろうと思う。 もう一つは社会人になってから山歩きした経験だ。その日は小雨の降るあいにくの天気だった。奥多摩駅前にはたくさんの外国人がいたが、彼らは陽気そのもので「オーイエー」なんて歓声を上げながらハイタッチをしている。仲間と一緒に山歩きするのが楽しく、天気なんか気にしてはいないのだ。その様子を見て、自分の気持ちまで明るくなったのを覚えている。

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