レビュー一覧に戻る
戦場のメリークリスマス
上映中

戦場のメリークリスマス

MERRY CHRISTMAS, MR. LAWRENCE

123

tk

4.0

ネタバレすべてはここからはじまった!!

2021年5月、「シネプレックスつくば」にて鑑賞。 雨の土曜日の午後、その劇場に行くのははじめてであった。 茨城エリアで上映していたのは、その劇場ともう一館。 上映時間からその劇場にわざわざ足を運んだのだが、驚くことに観客はワタシ一人。 地方のシネコンでは、この時期、客が少ないのはよくあるのだが、一応、土曜日の午後でもあり、もう少し客はいないものかと思われた。 上映中にいつの間にか数名入っていたということがるが、上映後も確実に客はワタシしかいなかった。 1970年生まれのワタシにとって、1985年「戦場のメリークリスマス」という映画は、あらゆる意味でワタシの原点でもある。 しかし、この映画をまともに観たことがなかった。 思い起こせば、公開時に話題になったものの当時中学生だったワタシは、TVで微かに観た記憶はある。 だが、ほとんど理解不能であった。 当時の感覚でそのまま言うならば、「ホモ映画」であることは理解できたが、それ以上でも以下でもなかった。 なぜか、当時の中学校の担任が朝礼で、この映画を話題にしていたのが、奇異に思った思い出がある。 ワタシにとって、「戦メリ」は映画というより、ひとつの事件のようでもあった。 音楽嗜好やサブカルチャーの洗礼を受けたのも、そもそもこの映画のテーマ曲があったからである。 坂本龍一からYMOを知り、YMOの曲の題名からゴダールへ至る。 また、ビートたけし自身の映画のパロディーをやってしまうという「オレたちひょうきん族」をリアルタイムで観ているが、ワタシにとっては、映画より衝撃的であった。 そんな原体験を持つワタシだが、映画そのものをまともに観ていないとは・・・。 というか、そういう人は以外に多いようにも思う。 映画のはじまりは、テーマ曲からはじまる。 音が非常にいい。 これも4K修復の副産物なのだろうか? 何度も聞いている曲であるはずだが、中域の音が前面に出てきていて新鮮だった。 出てくるキャストが、たけし、坂本、デビットボウイ、内田裕也など俳優でない人の演技が、ややもどかしいところがある。 だが、それが、今観ても映画としての新鮮さを感じる要因でもあるだろう。 特にたけしの演技は、自身の最初の映画出演でもあったためか、演技だか、素だが、わからないところもある。 それは大島がどこまで計算したものなのだろうか? 最初に描かれる男同士の性行為に関する描写は、当時中学生だったワタシが想像を絶する世界であったわけで、理解できないのも無理はない。 この映画は、群像劇である。 主人公は存在しない。 国によっては、タイトルが「俘虜」とされた場合があるとウィキペディアにあるが、まさに「俘虜(捕虜)」という題名こそ本来のこの映画のタイトルとしてふさわしい。 この映画として、完成されているかといえば、完成していない映画のようにみえる。 ややいびつであるし、何を言いたいかが明瞭ではないだろう。 ただ、あまりにも有名なラストシーンはすべてを回収している。 「メリー・クリスマス、Mr.ローレンス。メリー・クリスマス・・・」 ハラ軍曹(ビートたけし)が、こちらに向けて語りかけることによって、これは映画であることを引き受ける。 観客である我々は、これが映画だと知る。 ややもすると大きな感動を生みもしないこの映画を駄作と思う人も少なくないだろう。 しかし、大島渚が目指したのは、映画としての完成よりも、事件としての映画を目指したのではなかろうか? また、何も知らぬ若い人がこの映画を観たときは、印象が全く異なるに違いない。 ひとつ言えるのは、この映画をゴールデンタイムでTV放映した1980年代という時代があった。 それだけで括れることはないが、この映画の背景にあることを知ってもらえれば、この映画の「事件としての」広がりを少しわかってもらえると思うのだが…。

閲覧数1,489