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センチメンタル・アドベンチャー (1982)

HONKYTONK MAN

監督
クリント・イーストウッド
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3.61 / 評価:109件

どこまで本気かな、そのセンチメンタル……

  • 百兵映 さん
  • 2018年5月30日 0時13分
  • 閲覧数 314
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

 才能はありそうだが世に出ることができなかった父が、最後のチャンスに挑戦する。その道中、甥っ子との会話が基になって新曲ができる。

  君はとっても悲しそう/俺もとってもつらいんだ/
  お互い心に傷負った/俺たちが弱かったから/
  愛する者を失った/誰が悪いんでもない/
  俺にはギターと夢がある/しがない流しの俺だけど/
  今夜は慰め合おうじゃないか

 なるほど、センチメンタルではある。どこまで本気なのかは分からないが……、ひょっとしたら、これは、イーストウッド本人の世代交代(≒引退)宣言ではないのか。実際この甥っ子役の少年はイーストウッドの実子なのだ。少年が父の新曲にいいフレーズを次々に提案する。父は息子(映画では甥っ子だが)の歌詞に、「センスがいい」とその才能を認める。

 ギターと夢があるのだけど、しがない流しで終わりそうなのだ。肺結核の悪化を自覚している。心に傷負って、愛する者を失ったという。それは誰が悪いんでもないけど、俺たちが「弱かったから」と、その原因をいう。これが、イーストウッドの人生論であり、社会論なのだ。つまり、「悪い」ことが原因ではなくて、「弱い」ことがいけないのだ。

 これを、結核の末期症状を抱えた挑戦旅行の車中で、親子の作詞・作曲の形で対話する。一種の遺言だ。イーストウッドの他の作品でも、「悪くてもいい、強くあれ」というのがメッセージのように見える。西部劇の時代から、『ダーティー』シリーズに至るまで、ハードアクションのスターであったのだから、年齢的に、そして体力・気力に限界が来た時にどうするか。「悪くても……、強く……」と、発信し続けられるか。

 今更、「今夜は慰め合おうじゃないか」などと、急にセンチメンタルになられてもねぇ。どこまで本気かとも思うし、ひょっとしたら……とも思う。

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