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存在の耐えられない軽さ (1988)

THE UNBEARABLE LIGHTNESS OF BEING

監督
フィリップ・カウフマン
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3.80 / 評価:200件

「存在の耐えられない軽さ」の軽さ

  • @tkitamoto さん
  • 2020年6月1日 11時08分
  • 閲覧数 596
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

なぜか急にこの映画が観たくなった。
ワタシの年齢はaround50なので、ちょうど20歳近辺が1988年の公開時期にあたる。
しかし、ワタシはこの映画を観たことがなかった。
今回、レンタルDVDを借り、鑑賞した。

ワタシは「汚れた血」「ポンヌフの恋人」のレオス・カラックス監督のファンであった。
半ば、神格化するほどのめり込んでいた。
だがら、ジュリエット・ビノシュは女神(ミューズ)なのであった。
その彼女が出ている映画ならば、他の映画も追いかけるべきなのだが、あくまでもワタシにとっては、「汚れた血」など、カラックス映画のビノシュが好きだったので、他の映画はほぼ無関心だった。
いや、関心はあったのかもしれない。
この「存在の耐えられない軽さ」は大人すぎる映画に思え、敬遠していたのかもしれない。

こうやって、いい大人の年齢になって、初めて観ることができて、結果よかったかもしれない。
3時間という長尺の映画だが、なぜか長さを感じなかった。
むしろ、短いとさえ思えた。
ジュリエット・ビノシュが美しく可憐だったからだろうか?

鑑賞後の感覚として、もっと深いところが観たかったと思わせた。
結局のところ、最期に二人の間に愛があったのだろうか?
ワタシには、心はすれ違ったままのように見えてしまった。
お互いが愛してはいるが、それは愛ではなかった。。。

だから、3時間でも足りず、もっと長くてもよいと思えた。
原作は読んでいないが、そのあたりが書かれているかもしれない。

この映画は音楽もすばらしい。
サントラも出ているのがありがたい。
また、時間の省略の仕方がとてもスタイリッシュだ。
医者を辞めたのち、清掃の仕事を始めたということをワンカットで見せるかっこよさといったらない!

別の見方をすれば、この映画は「愛とは、無である」ともいいたげだ。
濃厚な性描写はあったが、本当の愛がこの映画のどこにあったのか?
決して、成熟しない感情が、「軽さ」となるのか?

愛に意味を求めてはいけない。
ということは、映画にも意味を求めてはいけない。
タイトルに偽りなく「軽い」映画に見えた。

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