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開戦の前夜 (1943)

監督
吉村公三郎
  • みたいムービー 1
  • みたログ 5

3.50 / 評価:2件

笠智衆ファン必見。これが「男の別れ方」

  • tukagosifujio さん
  • 2008年8月17日 19時46分
  • 閲覧数 779
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

 太平洋戦争前夜、機密を巡って米国諜報員と目に見えぬ死闘を演じる帝国軍人(憲兵)の姿を描いた作品。
 この映画の制作年に注目。1943年なのだ(うひゃ。真っ最中)。帝国海軍の肝いりで制作です。

 ストーリーは正直言ってベタ。捻りなし。
 米国大使館員の諜報活動を阻止すべく、主人公は秘策を思いつく。「そうだ、芸者さんだ」(笑)。
 芸者さんは頭が切れて、度胸もあり、コミュニケーションスキルも高くて、その上セクシーだからなのだ(理屈は通っている)。
 で、芸者さんが諜報員に張り付いて内情を探る訳だが、最後は諜報員共々、乗っている車を谷底に落として、身を挺して機密を守るというストーリー。
 「諜報員の正体は」とか「謎の通信手段を探れ」とか、そういう謎解き的要素は一切なし。ストーリー的には当時のハリウッド映画に比べるすべも無い。

 が、面白い。登場人物が「キャラ立ち」しているのだ
 (よく「日本のマンガは『キャラ立ち』に重点が置かれる」なんて言われるが、これは大日本帝国軍の影響なのだ。嘘)

 主人公の憲兵が、まずダンディ。普段からスーツをビシッと着こなしています。イメージとしては「相棒」の杉下右京をもっと背を高くして、眼鏡外して、ついでにねちっこい喋り方をとったような人物(歩く時の姿勢もかっこいいぞ)。演じる俳優、上原謙は今見ても鼻筋通った、クールな二枚目。彼がユーモアさえ漂わせながら、切れる男を演じています。
 今の映画テレビで見かける「やたら怒鳴ってぶん殴るケンペー」と随分違う事に驚かせられると思う。
 (無論これフィクションだよ。でも今の映画やテレビだってフィクションだよね。どっちもフィクションなんだと気付く為にも色々観といた方が良いよ。また、この軍人は理想化されたものなんだけど、少なくとも帝国海軍にとって「理想の軍人像」は「クールでクレバーで、ついでにファッションセンスもきまってる」というものだったと判る。)

 だが何と言っても特筆すべきは笠智衆演じる、友人の海軍将校。本筋とは無関係なんですが、完全に主役食ってます(笠智衆、ビム・ベンダースが尊敬していただけの事はある)。

 ある日突然、主人公の家に前触れもなく訪れる笠智衆。飄々としています。手には酒瓶。瞬時にして悟る主人公。別れの杯を交わしに来たのだ。真珠湾攻撃は秘中の秘であるから、自宅に居るにも拘らず、両者一切、その事に言及しない。さらに言えば、二人は二度と会えない。そういう深刻な状況。

 で、深刻な状況なんだけど。
 笠智衆の海軍将校、力みも悲壮感もまるでなし。飄々としています。日本人の「覚悟」って、力まず平然とユーモアさえ感じられる境地の事なんだね。

 この人物像は出色。こんな妙な「死を眼前に控えた人物像」は他の映画で見た事がない。
 外国人や半分ガイジンになっちゃった今の日本人は戦慄すら覚えるのではないか。

 主人公の方も普段通り、親友とにこやかに会話しています。もう二度と会えないと知っていて「普段通り」。どれ程強い友情の絆があるか、逆に伝わってきます。二度と会えなくなっても友情に変わりが無い事を両者とも確信しているんだね。

 笠智衆が暢気な調子で家宝伝来の刀を見せてくれと主人公にせがみます。刀を暫くじっと見つめる笠智衆。で、つぎの瞬間「これ、貰っとくは」(笑)。
 オイオイという突っ込みを観ている私と同時に言う主人公。
 笠智衆「俺の方から一足先に、御先祖さまに断っておくから」と、ニコニコしながら言います(自分が死ぬ事を冗談みたいにさらりと)。微苦笑しながら刀をあげる主人公。お互いの心境はもう何も言う事がない程、理解しあっています。
 (ちなみに自前の刀を戦場に持っていく事は現実にあった)

 まだ(死ぬ前に)会いたい人物が大勢居るから、と早々に腰を上げる笠智衆。主人公の奥さんが「まぁ、お構いもしませんで。今度お立ち寄りの節はごゆっくり~」等々と述べる。
 二人顔を見合わせ、同時に「今度?」。それからいかにも愉快そうに笑い合うのであった。(「今度」なんてない)。

 (ここ演出が気が利いている。会話だけからでは絶対に緊迫した状況は解らない形になっているのだ。二人ともにこやかだしね。従って奥さんは理解出来ていない)

 クゥ~、男だ。男の世界だ(泣)。
 男ならにっこり笑顔で酒酌み交わして、一言も触れずに「永遠の別れ」なのだ。

 恐らく映画史上、最も美しい「男同士の別れ」のシーンがこれだ、といっても過言ではないんじゃないだろうか。

 (現実にこういう人がどれ程いたかなんて野暮な事を言わないように。ただ、フィクションであっても、「嘗て日本人はこういう人物像を思い描けた」という点は注目した方が良いだろうね。それは第二次大戦の評価とは全然別の話なのだ)

詳細評価

物語
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