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歌行燈 (1943)

監督
成瀬巳喜男
  • みたいムービー 6
  • みたログ 25

4.10 / 評価:10件

成瀬流芸道作品、映画的美点多々あり

  • おーるどぼーい さん
  • 2008年9月26日 1時11分
  • 閲覧数 685
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

泉鏡花の原作を新生新派との提携で映画化。観世流恩地家の養子・喜多八(花柳章太郎)は才能のある若者であったが、若気の至りからある老人を自殺に追いやってしまう。それが原因で父親(大矢市次郎)から勘当された喜多八は門付に身を落とすが…。

戦前の成瀬監督がすでに円熟の境地に達していることを物語る名品。ストーリーは偶然の出会いとすれ違いを用いた予定調和的内容であるが、映画作品としての美点は多々ある。

定番の展開(前途ある若者が慢心から零落し、苦労を経て復活を果たす)を90分にきっちりまとめ上げる安定感、シリアスさの中に笑いをまぶす職人芸、芸能の素晴らしさを見事に伝える俳優の力量、モノクロ映像の美しさ(撮影は中井朝一、後に黒澤作品を多く担当)、鼓や拍子・笛など音への拘り…。

ハイライトは、喜多八が、自殺に追い込んだ老人の娘・お袖(山田五十鈴)に舞の稽古をつける場面。松原に射し込む木洩れ日の神秘的な美しさと、そこに舞う山田五十鈴の可憐さには、見惚れるばかり。クライマックス、お袖の舞に誘われるように主要登場人物が一同に会する場面の高揚感は、映画を観る醍醐味だろう。

花柳章太郎の気品(門付に身を落しながらも誇りを忘れない姿、歌声の美しさも特筆)、山田五十鈴の純真無垢さ、喜多八の仲間となる次郎蔵役・柳永二郎の人の良い兄貴風情、厳格な父親とちょっととぼけた鼓打ち(伊志井寛)とのユーモラスなやりとり(ここら辺の笑いの感覚は戦後作品に通じる)など、俳優陣の巧みな演技もたっぷり楽しめる。

題材的には成瀬っぽくなく(むしろ溝口的)、偶然の出会いの多用に苦笑してしまう場面もあったが、全体ではそのマイナスを帳消しにする素晴しい作品である。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

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  • ロマンチック
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