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わが恋せし乙女 (1946)

監督
木下恵介
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3.80 / 評価:5件

切ないラブ・ストーリーの裏に

  • nqb******** さん
  • 2014年5月23日 0時23分
  • 閲覧数 594
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

終戦後、わずか一年あまりで制作された作品。画面全体からほとばしるような戦後の開放感、あるいは自由への疾走感が感じられる。今観てもそうなんだから、この作品を公開当時に観た観客はどう感じたのだろうと想いを馳せる。

舞台は浅間山の麓の牧場。仲睦まじく育てられた兄の甚吾(原保美)と妹の美子(井川邦子)。美子は捨て子であったが、いつしか甚吾は美子に妹以上の感情を抱くようになっていた。彼が戦争から帰ってきたとき、美子には相思相愛の相手がいたのだった…。

木下恵介、浅間山好きだよな~。後の日本初の天然色映画「カルメン故郷に帰る」でも浅間山にロケしている。間違いなく「カルメン故郷に帰る」の下地となった作品。

ワンピースで農作業してるとかへんなところも多いんだけど、美子が馬に乗って村長さんのところへバターを届けに行くとか、実にのどかでそして西部劇っぽい。

1946年キネ旬ベストテン第5位だが、個人的に大傑作だと感じた。観る人によっては兄の妹に対する切ない気持ちを描いたどうってことのない軽恋愛ドラマに映るかも知れない。脚本は木下恵介自身が書いている。戦後の開放感の中一気呵成に書き上げたらしいが、多分木下恵介自身ももしかしたら気づかないで書いていると思われる部分にオイラは大いにこころ惹かれたのであった。

 木下恵介は後の「二十四の瞳」を観てもわかるようにどちらかといえば左翼思想を身に纏った人だと感じている。だがこの作品ではそれほど前面には出ていないと思える。それは美子が好きになった相手である野田という男の以下のようなセリフにも表れている。この野田という男は戦地で負傷して足が不自由なのであるが、美子との縁談を兄である甚吾に許してもらいに来る場面。甚吾と戦地の話になる。「たとえ片輪になっても、生きてるってことはいいなぁ!」「あの戦争を生き残った者なら、くだらない生き方はしないよ!」こういうセリフをさらっといわせるっていうのはいいなぁと思ったのですが、それよりもオイラが膝を打ったのが、次の場面。

甚吾が戦争に行ってる間に、美子には好きな人ができます。それが野田なわけですが青年です。彼は戦地で足を負傷し不自由な体ですが、知識青年で村の文化向上のために講演会を企画したり本を読むことをみんなに勧めたりしています。甚吾も彼の母親も、美子に好きな人がいるなどとは夢にも思いませんでした。美子に自分の気持ちを打ち明けようとした寸前に他に好きな人がいると告げられた甚吾は、母親の前で荒れます。するとどうでしょう、母親(東山千栄子)は「ごめんよ。お前が戦争に行ってる間に美子は変わってしまったんだよ。許しておくれよ」美子の心変わりを母親が謝るんです。美子に一言行ってやらければという母親を甚吾は止めます。いまさらどうにもならないじゃないかってわけです。
 ああ、そうかと思いました。美子はなんのメタファーなのか?美子はつまり日本の「国体」だったわけです。心変わり=敗戦による国体の変質、を意味しているのだと思い至りました。してみると美子が心奪われた男が健常でないという事すら、2014年の今から考えてみるに意味合いが変わってきませんか?戦後民主主義は日本に偏った日本人を作り出してしまったのではないでしょうか。果たしてこんなことを脚本を書いた木下恵介が意識していたかどうかは定かではありませんが、間違いなくただの切ない兄のラブストーリーではありません。。

冒頭のテーマソングもいいです!


若い黒牛 黒牛が
 可愛い牝牛に
 あのねと云ふた
 あのねのその後
 云えなんだ

 だから 牧場は春なのさ
 いつでも いつでも
 春なのさ

詳細評価

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