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長屋紳士録 (1947)

監督
小津安二郎
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4.18 / 評価:18件

小津調が見えてくる

  • Kurosawapapa さん
  • 2008年2月15日 8時06分
  • 閲覧数 511
  • 役立ち度 37
    • 総合評価
    • ★★★★★

昭和18年、戦記映画の製作を依頼され、小津安二郎はシンガポールへ渡ります。
しかし予定されていた作品は諸般の事情から製作中止となり、更に折からの戦況悪化に伴って、小津組はそのままシンガポールにて応召を受けてしまいます。
ここで小津は、日本への輸入が禁止されていた沢山のアメリカ映画を見るという経験をしています。

昭和20年、同地でイギリス軍の捕虜となり、その後、昭和21年2月に帰国。
この「長屋紳士録」は、昭和22年に作られた、戦後第一作目の作品です。
DVDの画像、音質は戦前の作品より、かなり良くなっています。
戦後、反戦映画が多く作られる中、小津が帰還後選んだ最初の作品は、以前と変わることのない“人情もの”でした。

舞台は東京下町の、とある長屋。
そこにある日、住民の男が、薄汚い子供を連れてきます。
迷子なのか捨てられたのか、父親と九段までやって来たところを、はぐれてしまったらしい。
さて、誰が面倒をみるのか? 
生活に余裕のない住民たちは、もちろん皆、嫌な顔をします。
とりあえず泊めてあげた後家さんが、子供を茅ケ崎まで返しに行きますが、そこでも引き取ってはもらえず、結局はまた連れて帰ることになります。
子供に慣れていない後家さんは、何かと彼を邪険に扱います。
ちょっと意地悪な後家さんと、素直な子供。
しかし、仕方なく世話を焼くうちに、意地悪だった後家さんにも情が湧いてきます。
二人の間に、信頼と愛情が芽生えてきます。


“見ず知らずの子供の面倒を見る”という内容の映画は、近年にもたくさんあります。
「ALWAYS・三丁目の夕日」「セントラル・ステーション」「パーフェクト・ワールド」など。
これらの名作の原型を、1947年に作られた、この小津作品に見ることができます。
邪険に扱っていた子供との間に、いつのまにか情が芽生える、という構図がそこにあります。

  
この映画もそうですが、戦後の作品から、小津映画の特徴が、かなり確立されてくるのを感じます。
“ローアングル“ 小津映画最大の特徴です。
家族や人の集まるシーンは、ほとんどが日本間で、カメラを畳ギリギリに落としたローアングルで撮影されています。

襖を開け放ち、隣の座敷から庭先、そして塀という小津映画不滅の構図があります。
その固着した構図は、歌舞伎や能を思わせます。
この作品の長屋でも、
座敷→玄関→道路→向かいの家の玄関→向かいの家の座敷、と筒抜け一方向のローアングルが見られます。
「ALWAYS・三丁目の夕日」にも使われた手法です。
畳で生活する日本人の視線を意識したと言われています。

また、小津作品の特徴でもある“慎ましやかな可笑しさ”がこの作品にもあります。
・子供がついてくるので、後家さんが走って逃げるシーン、
・後家さんと子供で背中を揺するシーン、
・写真を撮る時の2人の仕草、など。
それは、決して大笑いするユーモアでは無く、くすくすとした笑いが所々に続くような、
見る側がどことなく顔を崩しながら見続けるような笑いです。
笑いのシーンにさえ、小津監督は“奥ゆかしさ”を表現しているかのように感じます。

会話の1つ1つにも、時代を感じ、ノスタルジックな郷愁も感じます。
「かあやん」 「おとっつぁん」 「ちょいと和尚さんとこまで」 「おやかましゅ~」
古き良き時代と、言葉が醸し出す情緒を感じずにはいられません。

しかし、そんな人情ドラマの中にも、小津監督は、戦後の色合いを強くにじませています。
手に入らないゴムホース、今どき太る人への驚き、エンディングの家を失った子供達、など。
情緒溢れる中にも時代を反映し、小津は小津なりの辛辣ぶりで、戦争の愚かさを表現しているのです。
見れば見るほど味わい深い、小津作品とはそんな作品です。  
(OZU:No4/9)

詳細評価

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