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長屋紳士録 (1947)

監督
小津安二郎
  • みたいムービー 6
  • みたログ 89

3.89 / 評価:18件

長屋の紳士たちに戦後処理を頼んだ?

  • 百兵映 さん
  • 2013年7月30日 10時54分
  • 閲覧数 809
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

 敗戦後2年目の映画。この頃の社会の様相を知って観るべき、―― 今となっては、その頃の社会の様相の一端を知るために観るべき映画といえる。
 この映画に出てくる子どもたちは、私とほとんど同時代の人々だ。いわゆる団塊の世代のちょっと前の世代。

 この子の場合は良かった。父が連れ戻しに来てくれたから。気の毒なのは父も母も連れ戻しに来てくれなかった子どもたちだ。その「子」たちも、戦中・戦後の大混乱期の苦難を経て、やがては経済復興を支える「戦士」として働いた。彼らの多くは、子どもの頃のことを語ろうとはしない。だからほとんど誰にも知られていない。

 この子が父親と共にこの下町から去って行ったあと、他の小津作品であれば、婆さんの寂しげな姿を映して終わりなのだが、ここでは付録がある。僅か数分。
 長屋の紳士たちが「子どもを大切にしなくては」と語り合う。
 子どもたちが上野西郷像に群がっている。

 付録は付録。おまけだ。製作者は気乗りしないまま付録したのではあるまいか。と推測する。
 不遇な子どもたちを救済するネットワークがなかった。行政も福祉も、手が届かなかった。このような不幸を生じる戦争責任を問う思想・運動にはならない。ではどうするか。日本古来の下町の人情で解決できないものか。GHQの映画規制のもと、強い強制が働いたか、規制の意向を映画人が先取りしたか。

 ところで、敗戦後2年目、この映画を観たのはどういう人たちだったろうか。映画の中に出てくるように食糧が配給規制されていた時だ。いくらだったか知らないがお金を出して映画館に行くことができたのはどういう人たちだったろうか。「長屋の紳士」たちはどうだろう。この子どもたちはどうだろう。とてもとても、そんなゆとりはない。つまり、映された人々は、自分たちの映画は観ることができなかったのだ。
 今は簡単に観ることができる映画、しかし、人によっては観るのが辛い映画のひとつ。

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