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蜂の巣の子供たち (1948)

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3.92 / 評価:12件

映画の子供たちに見覚えはありませんか?

  • 二酸化ガンマン さん
  • 2015年7月11日 0時45分
  • 閲覧数 812
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

戦後70年という事で、「戦時」を扱った作品がいくつか製作されていますが、私たち日本人はここにもうひとつ大きな問題がある事を忘れてはいけません。
それは「終戦後」です。正確に言えば「戦後すぐ」。
日本は戦争に負けました。そして敗戦により、様々な「負の遺産」を抱え込む事になります。
そのひとつが戦争孤児問題です。戦争は多くの孤児を生みました。そしてその中から大量に生まれたのが、「浮浪児」です。
戦前に「風の中の子供」「みかへりの塔」で子どもたちを生き生きと描いた才人清水宏が、この問題に取り組みました。しかも、この映画のために製作プロダクションを立ち上げ、実際の戦争孤児たちを使い、しかも彼らを引き取って生活を共にしながら製作したのがこの映画です。
戦争孤児は深刻な社会問題ですが、そこは清水宏です。額にしわを寄せシリアスに問題を追及する事はデ・シーカの「靴みがき」やロッセリーニの「ドイツ零年」にまかせ、いかにも清水らしい、暖かく、ユーモラスで、時に詩情あふれる物語を展開します。そしてその中に、時折キラリと厳しい現実を盛り込んでゆきます。
先ほど書いたように、子供たちは実際の戦争孤児であり、清水は大人の登場人物たちにも素人を起用しています。つまり、これは先ほど挙げたイタリアン・ネオ・リアリズム諸作品に非常に近い存在です。ただし、例えば今井正の「どっこい生きてる」(‘51年)が明らかにネオ・リアリズムの影響を濃厚ににじませているのに対し、この作品は日本にネオ・リアリズム映画が入ってくる前に製作されており、つまり同じ敗戦国イタリアで生まれたネオ・リアリズムと同時進行的に発生したわけです。ここに清水宏という映画作家の先進性があります。
冒頭に字幕が出ます。「この映画の子供たちに心当たりはありませんか?」
下関の駅に一人の復員兵が降り立ちます。身寄りがないため行くところがありません。彼は駅を根城にしている孤児たちと出会い、一緒に旅をしてゆきます。子供たちに労働して得た食べ物がいかに美味しいかを教え、間違った事をしたときはそれを正します。その理想的な大人像がわざとらしいとか子供たちが素直すぎるとかの批判は的外れです。これは清水宏が、戦争の悲劇によって人生がねじれてしまうかもしれない子供たちに、正しい道を示すための映画なのだから。
海岸を歩いている時、ひとりの少年が海に向って走ってゆきます。キラキラ輝く海に足まで浸かった少年は叫びます。
「おかーさーん!」
サイパンから引き揚げてくる途中、彼の母は海で死んだのです。清水得意の優雅な移動撮影を伴ったこの場面は美しく、痛切です。
下関で子供たちは一人の若い女性にも出会います。彼女が広島に出した電報が身元人不明で返ってきたという知らせがあります。説明はありませんが、日本人なら誰でもわかる理由でしょう。女性は一時皆と旅を続けますが、知人を訪ねて去ってゆきます。
山の中で、海を見たがった少年は病気になります。ぼく、海が見たい。山の上に登れば見れるよね。よし、おれが連れてったるわ。兄貴分の少年が彼をおぶって山を登ってゆきます。カメラはロングから、雄大な風景をバックに子供が必死に山を登ってゆく豆粒のような姿を捉えます。今の映画が失ってしまった詩の心が、こんなちっぽけな映画に壮大な映像のスペクタクルを与えます。おお、これぞ清水宏。しかし海を見る前に、少年は死んでしまうのです。
子供たちは、先ほど登場した女性がなんと娼婦となって街に立っている姿を発見します。青年は彼女を助け、みんなで目的地にやってきます。それはかつて青年が育った「みかへりの塔」でした。青年と女性と孤児たちは、走ってきた子供たちの歓喜に迎えられます。迎える子供たちがなぜ歓喜を爆発させるのか、その説明はありません。理由などどうでもいいのです。戦争の悲劇によって痛めつけられた子供たちは、あるべき場所で歓喜に迎えられるべきなのだ。その清水の信念が、このラストシーンを実に力強いものにしています。

詳細評価

物語
配役
演出
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音楽

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