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王将 (1948)

監督
伊藤大輔
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3.93 / 評価:28件

『無法松の一生』と並ぶ傑作

  • pin******** さん
  • 2013年2月3日 10時12分
  • 閲覧数 802
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

坂東妻三郎主演作品として、『無法松の一生』と並ぶ傑作ではないでしょうか。

『王将』といえば村田秀雄の演歌のイメージが強すぎて、なぜか、荒くれ者のイメージがありました。

「無法松」のイメージのせいもあるかもしれません。

坂田三吉といえば、自分の名前くらいしか書けない、しかも、漢字の書き順もでたらめだったというようなつまらぬエピソードばかりが有名なため、将棋のことしか頭にない、やさぐれた人物にしか思っていなかったのです。

将棋のためには、家族も何もかも犠牲にする、そんな浪速ド演歌のようなイメージがこびりついていました。

ところが、この作品に描かれている坂田三吉はそんな荒くれた人物ではありません。

たしかに学歴のない単なる将棋好きでしかないのですが、誠実で家族思いの好人物として描かれています。

将棋大会の参加費用のために、家族の仏壇や娘の着物を質入れしてしまうほどの将棋しか頭にない人物でありながら、その将棋好きが高じて家族に迷惑をかけたとなると、すっぱりと将棋をやめてしまおうとするのです。

なんと家族思いな男ではありませんか。

さて、この作品を封建的な主人に従う女性の物語と見る向きもあるようですが、妻の小春の見方がそれでは、底が浅いように思います。

小春は、単に自分を殺して三吉を立てているわけではありません。

三吉の才能を信じて、その才能の発揮されるところを作り上げた、よきパートナーとして見る必要があるのではないでしょうか。

王将の駒のアップも効いています。

後日、三吉が将棋界で出世してからは、小春らの生活も向上しているではありませんか。

原作では、その後の零落も描かれているそうですが、すくなくとも、この作品では三吉の将棋のおかげで小春らも恩恵を被っており、それはただ単に小春が三吉につき従っていたからなのではなく、彼女のプロデュースが三吉をして将棋界のスターにしたと考えることもできるのではないでしょうか。

三吉の将棋界での出世が、小春の理解抜きにしては考えられないからこそ、小春の臨終に際して、三吉は必死にお題目を唱えるのでしょう。

三吉は決して妻を単なる自分に隷属するようなものとしては考えていなかったのです。

そして、だからこそ、今日見ても感動を誘うのではないでしょうか。

なお、三吉の人物は、関根八段に名人位を譲るところにも表れています。

自分の分限を知る三吉らしい対応と言えるでしょう。

ただ、三吉の眼の病気のことがあまり物語に関わってこないのは残念です。
いっそ、このエピソードは省いてもよいのではないかと思いました。

なお、関西と関東の将棋界の確執の中で三吉が翻弄されていたという、時代背景は興味深いものでした。

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