白痴

166
白痴
3.4

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(37件)


  • たーちゃん

    1.0

    ネタバレあの人は私の失ったものを持っている

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • おすむすだん

    1.0

    これが黒澤明か。

    『静かなる決闘』を観たときも思ったが、偽善と理屈。単純さに笑ってしまう。途中眠くなり、もう無理だと思ってやめた。黒澤明は、活劇の人であり、文学の人ではない、

  • kus********

    4.0

    難しいテーマだと思う…

    白痴(バカ?、脳の病気?)であるくらいの人間の方が魂は美しいと言うことなのだろうか… 映画自体はさすが黒澤明監督だけあって引き込まれて見て行ってしまうが…何が言いたいのか…?など考えた時、難しくて分からないままという感じで… 映画を観て思ったことは、主人公が純粋だといいながら一人でいい思いをしているばかりではないか…?でした…周囲をかき回してるだけでは…?

  • スニフ

    5.0

    ネタバレ出会っちゃいけない少年2人。

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • rec********

    2.0

    私がプロデューサーなら更に短縮を命じます

    黒澤最大の混迷作。かなり貴重な映画です。 予定上映時時間4時間32分。カットされて3時間2分。それでも長すぎると現在の2時間46分。当然黒澤天皇は激怒して「どうせなら縦に切れ」と言ったそうです。 私がプロデューサーなら編集にその筋の鬼とまで謳われた浦岡敬一さんに依頼してここから1時間40分くらいまで短縮を命じたい。 第二部の前半あたりで森雅之が久我美子をひたすら追いかけるくだりは映画的活劇を感じましたが殆どが演劇的俯瞰で支配されております。 恐らくは誇張された伝説と思いますが原作ドストエフスキーへの敬愛のあまり黒澤は重圧から手首まで切ろうとして三船敏郎に寸でのところで止められてそうな。全くこの頃か周囲に手を焼かせるドン・キホーテですw そもそも何で松竹で撮ったんだろう?そのいきさつが一番興味深いところです。 シェークスピアを大胆なB級犯罪映画に仕立てるオーソンウェルズ(「オーソンウェルズのオセロ」)や軽々と脱構築させるゴダール(「ゴダールのリア王」)更にはブレッソンの「白夜」「ラルジャン」を例に挙げるまでもなく世界的文芸作品映画化は「畏怖」から脱却しなければ絶対に「映画」として拮抗出来ません。 でもやはり無視できない一遍なのは原節子と久我美子という日本映画の宝女優に挟まれ「どっちをとるの?」と山口百恵の(絶体絶命)ばりに詰め寄られる森雅之にひたすら嫉妬する所以ですw 私ならこの瞬間が味わるなら・・・

  • fg9********

    5.0

    完全版を観てみたかった

     …黒澤明監督の全作品をリタイアしてから観ようと思ったが、デビュー作の『姿三四郎』から古い順に観てみる。  …本作は同監督の12作品目(1951)で、あらすじは、解説の次のとおり。  『戦時中のショックで白痴になったと自ら語る純真無垢な青年、亀田欽司(森雅之)。  彼は札幌へ帰る途中で無骨な男、赤間伝吉(三船敏郎)と知り合い、仲良くなる。  その赤間は有力政治家の妾、那須妙子(原節子)に熱を上げていた。  亀田も妙子の写真を一目見て心奪われる。  一方、そんな無邪気で美しい心を持つ亀田のことを、親類の娘、大野綾子は誰よりも深く理解し、そして心惹かれていった……。』  …ウォルシュさんのレビューに『完全版を観てみたかった。』とあったので、ある解説を見てみると次のようにあった。  『当初は前後編2部作、4時間25分の長尺で完成したものの、製作会社の松竹が難色を示して大幅なカットを余儀なくされ、「そんなに切りたければ フィルムを縦に切れ!」と激怒したことでも知られる痛恨の一作。』  そんな事情があったとは露も知らずに観始めてしまった。  で、亀田は親類の大野家を頼って訪れ、その家の次女の綾子(久我美子)と出会うのだった。  で、白○(差別用語なのか、文字変換されない)が故の純白無垢な心を持った亀田を軸にして、4者の愛憎劇が繰り広げられていく。  亀田の人の心の深淵を射抜くような眼差しの前にあっては、誰もが自分の真実の心を曝け出さずにはいられない。  原節子の不幸な過去を持つが故の、熾火が燃え盛る如きの喜怒哀楽の激情の演技が迸り、一方、一見可憐ではあるが勝ち気でストレートで一途な久我美子との対決は、ゾクッとするほどに見応えがあった。  で、本来は豪放磊落な三船演じる伝吉も、亀田の虚無をも捉えて離さない清浄な魂に、己が魂を狂わされてしまうのだった。  で、亀田の亡くなった後日、綾子の母は次のように言うのだった。  「あんなに心が綺麗な人は、この世にはもったいないわよ。」  で、綾子も涙を流して次のように言うのだった。  「わたしの方こそ、白○だったんだわ。」  心の美しい人はこの世では生きられない……心が歪んだ有象無象の者だけがこの世を生きていける……と解釈させる非常に見応えのある作品だった。  2時間弱もカットされてこれだけ見応えがあるのだから、カットされる前はどれだけ凄いんだ!  で、締め括りの感想としては、ウォルシュさんの次のレビューと同じです。  『特に森雅之が演じる亀田からは ひと時も目が離せず、 亀田が妙子を想うように 見ているだけで 涙が出てくるようであった。 純真無垢な青年亀田こそ、 4人の愛憎劇の当事者のひとりであり、 冷静に見守る傍観者のひとりなのでは なかっただろうか。 完全版を観てみたかった。』

  • der********

    3.0

    ♬視線のレイザー・ビームで

    郷ひろみの「2億4千万の瞳」(1984年)の歌詞じゃないけれど、これは視線の映画、眼力(めじから)の映画に他ならない。 ギラギラした情念そのままの三船敏郎の眼光。無垢の魂と虚無の静謐さが同居する森雅之の目。つぶらな瞳の中に自立しようとする女性の強靭さを宿す久我美子の眼差し。そして、三船・森・久我三人の情念・無垢・虚無・強靭な眼力に加え、なおそこに諦念・憎悪・希望・絶望・悲哀すらを内包してスクリーンから圧倒的な迫力で迫ってくる原節子の視線――これが、この映画のすべてである。 冒頭、雪降りしきる札幌の街の写真館のショーウインドーに飾られた原の写真に釘付けになる三船と森同様に、映画を観ているぼくたちもまた、その眼力に魅入られてしまう。全身を黒いマントで覆い、「ようござんすね」と見得を切り、男たちの運命を手玉に取る原の姿には、〈ファム・ファタール〉という言葉がよく似合う。

  • pop********

    3.0

    欽司、那須、綾子。

    ムイシュキンが欽司、ナスターシャが那須、アグラーヤが綾子。原作を読んでいればニヤリとするところだが、分からなければ何ともない。あれだけの長編小説を一本の映画にまとめるのはやはり難しいようで、強引に感じられる箇所があちこちに見られる。それでも私はなかなか楽しんだが、それは原作を読んでいたからで、原作を読まない人にはちょっと厳しそうだとは思う。

  • e_s********

    4.0

    文学を映画で見る

    そもそも「白痴」って、何だろう? 今、現在、聞き慣れない言葉…  本作では、「馬鹿」と、表現されていたが、19世紀に書かれた、ロシア文学ゆえに、語弊があることでしょう。 生死を分ける、ギリギリの極限状態におかれ、強いストレスから、てんかんと言う病気を発症した亀田… この病気によって、脳の一部が損傷し、幼児のような純粋な心を持つように? ドストエフスキーの世界を日本に置き換える。 寒い寒い北海道を舞台にして、ロシアの寒々しい世界観を出している。 長い長い作品を、かなり短くしたという経緯は、一応知っている。 それでも、無知な私には、充分、ためになりましたし、何より、役者陣の演技を見ているだけで、ありがたい気持ちになってくる。 『東京物語』の、お母さん東山千栄子さん、優しい嫁役だった原節子さんのギャップも、これまた、すごい! 久我美子さんも含め、女優陣が印象的。 演劇のような映画。 けっこう好きだな~ ドストエフスキーはあまり読む気になれない(^_^; それでも、『カラマーゾフの兄弟』『永遠の夫』くらいは、読んでみた。 でも、映画で見れるなら、そのほうがいい。 最近、めっきり老眼が進んだ(^_^; 映画は、ありがたい!

  • suk********

    3.0

    映画としては物足りない

    ドストエフスキーと黒澤明はその世界観に共通するものがある気がする。なのでこの「白痴」はぜひとも観ねばと思っていた。が、いざ見てみると既にストーリーを知っているからかものすごく眠くなる映画だった。前半は特に、大半のディテールを再現しようとしたためか急ぎ足で設定の説明をする場面が続いたように感じた。 那須妙子と大野綾子の二人が非常に表情豊かな演技をしていて、「白痴」の理解に深みをもたせてくれる。黒澤明はこの作品をこのように解釈したんだということがわかって、そういう意味では面白かった。

  • kih********

    3.0

    ドストエフスキーの重量感が見えない

     うっかり見てしまった。これはいけない。ロシア文学を日本に翻案すること自体が無理なのだ。それは黒沢さんでも三船さんでも、無理は無理。同名映画はロシア出身の監督さんの作品があるのだから、なるべく早いうちにそちらを鑑賞することにする。  ロシアという社会だ。肉食系の人々で、寒くて暗い社会だ。そこでのキリスト教的道徳観。人間模様はいつの時代の日本に当てはめても、作品のテーマや重量感というものは表現できまい。  長作フィルムをごっそり切り取られたからではない。監督の個性でもない。演者の力量でもない。元々、無理なのだ。社会が違うのだ。  北海道の雪ではロシアの寒さは再現できまい。キリスト教を婆さんの仏壇に置き換えるのも無理というもの。三船さんがいくら悪党を演じても、他の作品でも出て来る台詞の最後の「フンっ」で悪ぶって見せる、せいぜい「白痴」「バカ」と罵る程度で、ぞぉーっとするような冷たい悪魔性には程遠い。軽い。  目で表現するというのにも限界があろう。女優さんが気の毒になる。  異文化世界での人間性(宗教・道徳・価値観など)を描く作品の翻案は難しい。とくに、このような重量級の、しかも名作となると、ほとんど不可能だ。翻案してもらうより、観客がその世界の作品(原作に近いもの)に入るしか方法はなかろう、……、と思う。そうする。

  • kco********

    1.0

    名画なんだろうと思いますが…

    懐かしい名画シリーズみたいな感じでDVDがレンタル屋にあり、 「ドストエフスキーの原作で黒澤明監督」ということで、名画に間違いなく、 必ず何か感銘を受けると確信して、何かよくわからないのだけれど 借りてみたのですが、しょっぱなから長い説明文の嵐で意味不明状態で 登場人物の心情もよくわからず、雰囲気も空気もどうにも退屈で 途中で観るのをやめてしまいました。 我慢して最後まで観たら何か感銘を受けたのかもしれませんが…。 気軽に観られる映画ではありません。 観る前に、心構えが必要な作品かもです。

  • suz********

    4.0

    偉大なる失敗作

    衛星で「白痴」をやっていたので、久しぶりに再見した。 よく知られているように黒澤明は当初この映画を、前後編の総尺6時間の作品として構想。その後4時間25分の作品に仕立てたが、松竹の要求で最終的に2時間46分の作品での公開に追い込まれる。 黒澤は最後まで頑強に抵抗したが、松竹側は無断でフィルムをカット。 このとき黒澤が叫んだとされる「そんなに切りたいならフィルムを縦に切れ!」と言う言葉は有名だ。 実に悲劇的な経過をたどった作品で、いまなおそれ以外のシーンのネガは見つかっていない。 この映画は、そうした事情で、様々な主要なエピソードがカットされたため、前半字幕でストーリー展開をつないでいくと言うむちゃくちゃな処理がされている。 誰が見ても荒っぽく完成度の低い映画に見えるのである。そのこと自体は黒澤の責任ではない。勝手に編集した松竹の責任が大きいことは言うまでもないのだが、この作品の失敗はそれだけではない、とういうのが今回のレビューの趣旨である。 無理やり短くされる前から、この難解で壮大な原作をものにするため、様々な形で黒澤が、苦闘し、もがいた痕跡が、「白痴」にはいたるところに見える。 「白痴」は、黒澤がドストエフスキーと言う「魔物」にとりつかれ、それに振り回され苦悩した挙句に、大転びに転んだ「偉大なる失敗作」でもあるということである。 会話でストーリー展開を説明する無理な演出が多いことをみると、松竹に言われる前から黒澤は原作のストーリをどうこなすかに苦労していたのがありありだ。忠実にドストエフスキーを再現しようとするあまりの自縄自縛に陥っていたことが伺えるのである。 また役者達の大仰な演技、特に原節子の演技は今観るとある種のコメディを感じさせるほど異常なものである。当時の評論がそうしたエキセントリックな演技に厳しい眼を注いだのもわからなくはない。 日本人とは全く違うロシア人の気質に根ざしたドストエフスキー世界を、日本人の役者で描こうと言う乱暴な試み。翻案でなく忠実に再現しようという無謀な挑戦は唖然とするほどだ。 しかし。 この映画の素晴らしさは、そうした「壮大な失敗」を拭い去る映像の素晴らしさ、そして難解なテーマに真正面から格闘する黒澤明の芸術家性が凝縮して立ち現れている点にこそある。 (とりわけクライマックス、原節子の死体を横に、毛布をかぶって語り明かす森雅之と三船敏郎のシーンの凄みは映画史に残るものであろう。) これ以降の黒澤は、独りよがりな作家性を捨て、観客の存在を意識しながら、自らの思いをはめ込んでいくしたたかさを身につけていくことになる。まさにこの映画が黒澤明の考える最後の「純芸術映画」となったと言っても過言ではない。 実はこの作品で失敗に向けて突き進んでしまう黒澤の感覚は、実によくわかるのである。 モノを作る人間は必ず自分自身の可能性を図っていくうちに、入り込んではいけない領域に足を踏み入れてしまうことがある。「地獄の黙示録」のコッポラもそうだったのだと思う。 そういう時、作家はこれでもかこれでもかと自らの創作性の限界を嬲りまわしているうちに、観客の存在を忘れてしまう。観客ではなく、「神」、もしくは「悪魔」との格闘に陥ってしまっていくのである。 そうして出来上がったものは、「失敗作」と言う烙印を押されるのであるが、真のクリエーターは、その大失敗を糧に次の作品の「大成功」につなげていくのである。 この「白痴」がなければ「七人の侍」は生まれなかったであろう。 僕は黒澤明を初めて観ようとする人に、「白痴」から観ることだけは避けるようにアドバイスしているが、もしほとんどの作品を観た人ならば、「最後に観るべきは『白痴』ですよ」とのアドバイスをしたく思う。

  • fbx********

    5.0

    傑作である

    確かに「切りたきゃ、たてに切れ」と言ったというのは有名な話。 しかし、それを知らないで見れば、そんなこと気付かない。 ドストエフスキーの世界を微塵の狂いもなく、日本を舞台に翻案。 森雅之の孤独を見詰める演技も凄い。 これを見てみると、本当に完全版が見たくなる。 一体どれだけ凄いのか、溜息が出る。

  • ca7********

    1.0

    壮大な昼メロ

    って感じです。 いやほんとはもっと奥深い人間ドラマなんでしょうが、正直私はそういう印象を受けました( ̄▽ ̄;) 無理矢理の大幅カットのせいもあるかと思いますが。 2時間近くもカットしたらそれはもう別物になっちゃうよなぁ… 以下そういう事情を一切考慮してない感想です。 まず「癲癇性の白痴」というのがよくわかりません。 トラウマで少しおかしくなってしまったというぐらいの意味なのか… でも戦争で悲惨な目に合っての(亀田の場合は戦犯の冤罪ですが)後遺症ならもっと荒んだりパニックになったりもしくは燃え尽きたようになったりするもんなんじゃないのか? 善良で心が綺麗になる後遺症なんて聞いたことない… 元々そういう男だったのかもしれませんがそんな描写もないし。 それに亀田が善良で心が綺麗だ、人の心が理解できると言って美女2人が取り合うというのも説得力に欠けます。 そこまで「赤ちゃんみたいに」無垢で善良とまでは見れなかったし。 どうしても優柔不断で頭の弱い男としか思えなかったのでちょっと観ててイライラしました。 私の心に余裕がないからなのか…笑。 それに妙子以外にも不幸な女ってたくさんいるだろうになぜ彼女だけにこだわるのか。 妙子と亀田の過去の描写もっと必要だったのでは。 まあそこもカットされたのかもですが。 とにかく不自然なつなぎ、説明&説得力不足、しかもだいぶカットしたのに結局長く感じて疲れた(´-ω-`) 役者さんたちは熱演してらしたので余計残念。 松竹はなんでこれでOKと思ったのかなーと疑問です。

  • le_********

    4.0

    ネタバレ演技合戦の模範的教科書

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • ami********

    4.0

    森さんを観よう!

    どうも良く分からない内容が多いと思ったら、4時間半を2時間半にカットしたんですね。 もっと登場人物の心の動きとかは描写してもらった方が良かったですね。 いくら長くても。。 なのでこの映画を楽しみたかったら、あらすじを頭に入れてみた方がいい気がします。 まあそれにしても、黒澤映画に出る原節子の迫力や、森さんの迫真の演技は見ごたえ ありますよ。このお二方に☆を贈呈します。特に森さん! いいですね~この人は。ちゃらんぽらんな役を良く知ってるだけに、この演技は本物 だと確信できます。 私は黒澤監督の三船さんは大好きですけど、森さんと競演しているときは、やはり 森さんの方に見入ってしまいます。羅生門もそうでした。 さて内容ですが、ユーモア一切無しのシリアス一辺倒の映画なので、私にはちょっと 内容が重かったんですが、主人公・亀田の気持ちには入り込めます。他の人の心情は ちょっと分かりづらいので、多分2時間のカットは、赤間(三船)・妙子(原)・ 綾子(久我)の気持ちを表現する部分が殆どだったのではないでしょうか。 まあ、私が純粋な人だからかもしれませんがね。 あはは。 おきレビのtotopocchiさんも書いてますが、白痴というよりは純粋で、人の気遣いが できる立派な成人男子の主人公・亀田でして、その彼が彼の純粋さに翻弄され、 気が触れて愛する人・妙子を殺害してしまい、それを目にした時に彼の心が破綻して しまう様を描いています。 黒澤映画を10本くらい観た人にはお奨めです。

  • sen********

    5.0

    本当に美しい人間を描こうとした『白痴』

    先週に観た『天国と地獄』から、黒澤明監督作品を続けて観ています。 『乱』を再見し、『素晴らしき日曜日』を初めて観ました。 さらに今回ご紹介する『白痴』も初めて観る作品でした。 しかし、この『白痴』は衝撃的な映画でした。 久し振りにスゴイ映画を観たという感覚です。 ドストエフスキーの原作を戦後間もなくの札幌を舞台に翻案したものですが、ストーリーは原作にかなり忠実なものとなっています。 主人公の亀田(森雅之)は沖縄戦の戦犯として銃殺刑となる寸前に助かった経験を持つ男。その時のショックで精神的な発作が起きるようになる。一見、白痴のように見えるが、誰よりも純粋で邪念のない男。 札幌に戻る途中の船で亀田は、赤間(三船敏郎)という野性的で乱暴だが、優しい面もある男に出会う。 赤間は、まるで羊の子のような人間だと感じた亀田に不思議な親近感を抱く。それは亀田も同様であった。 雪の降る道すがら、とある写真館に掲示されていた女の写真を観て、亀田は大きく心を揺さぶられる。 その女、那須妙子(原節子)は金持ちの男に囲われている女であった。赤間もまた、すでに妙子に心を奪われており、ダイアの指輪を贈るほどであった。 亀田は親類の大野家を頼って訪問し、そこの次女である綾子(久我美子)とも運命的に出会う。 亀田と赤間の不思議な友情。 二人の女たちの複雑な心理。 白痴のように見える亀田に魂の美しさを感じる二人の女。 やがて周りの人物たちも少しずつ亀田の魂の有り様に心を揺さぶられていく。 ドストエフスキーの長編小説を見事なまでに映像化した作品です。 ただ映像が美しいだけではなく、シーンそのものが主人公たちの心理を描いている秀逸さに満ちています。 たとえば、 二人の女が無言でいるシーンの緊迫感、女たちのかすかな表情の変化、室内まで響く吹雪の音が二人の心理状態を物語り、煙突から流れ込んだ風に火を噴き出すストーブの映像がまるで二人の胸の内にあるかのように感じられる。 亀田を愛してしまった綾子の揺れ動くこころ。こころとは裏腹に憎まれ口を叩いたり、怒ったり、素直になったり。亀田との数々のやりとりをつないだシーンは、ユーモラスでもある。 数時間に及ぶ作品を二部構成の166分に縮めた関係で、原作を読んでいない方にはわかりにくい展開となっているかもしれませんが、それでもなお、素晴らしい映画だと思います。 私は166分間、ほとんど前のめりとなって画面にくぎ付けとなっていました。 そんな経験はあまりありません。 ドストエフスキーは手紙の中で、この小説で『本当に美しい人間』を描こうとしたと書いています。 黒澤明監督もこの映画でそれを成し遂げたと云えるのではないでしょうか。

  • じぇろにも

    3.0

    札幌

    戦時中のショックで白痴

  • いやよセブン

    3.0

    原節子と久我美子の対決が見もの

    黒澤明がドストエフスキーの「白痴」を日本に置き換え、3時間の大作となった。 当初4時間もあり、会社側からカットしろと命じられた黒澤明が、「そんなにカットしたければフィルムをタテに切れ!」と言った話は有名。 この場合の白痴は、純真無垢というイメージで、森雅之が演じている。 乱暴者で金持ちの三船敏郎は金持ちのお妾さんの原節子に惚れている。 森雅之が身を寄せる親戚の娘が久我美子で、なんでもずけずけ言うが森雅之を好きになってしまう。 原節子は森雅之の純粋な心に打たれ、好きになるが、自分は汚れた身、久我美子を応援する。 会話主体だが、後半、森雅之をめぐって美女二人が対決するシーンは迫力がある。

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