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麥秋 (1951)

監督
小津安二郎
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4.12 / 評価:213件

「東京物語」と並ぶ小津安二郎監督の名作

今回取り上げるのは、1951年の松竹映画『麥秋』。「ばくしゅう」と読み、麦の収穫期すなわち初夏のことで、英語のタイトルはEarly Summerである。現在は「麥」という漢字は使われないため『麦秋』という表記が一般的である。木々の緑が萌える季節だが麦にとっては実りの時期。人生の青春期と老年期の両方をイメージする、味わいのある邦題である。
映画のラストに、奈良県の大和地方に広がる麦畑を映した、そのものズバリのシーンがある。黄金色に染まる麦畑の背景は新緑の山と青空。白黒映画なのに色が付いているように感じる。ラストの少し前に登場する、麦畑の中を花嫁行列が進むシーン。かつての日本では珍しくない光景のはずだが、どこか遠い夢のように幻想的で、涙がこみ上げるほど美しい場面である。

邦題の他に現代では使わない漢字について書いてみると、冒頭に表示される「昭和26年度藝術祭參加作品」のテロップ。「藝」も「參」も今では馴染みのない漢字である。スタッフ部門では「編輯」(編集のことか)「音樂」といった漢字もそうだ。こういう昔の漢字を見ると、同じ日本人であるのに別の国の映画を観ているようで、思わず背筋が伸びるのを感じる。
ファーストシーンは誰もいない海岸を小さい犬が歩いている場面で、主人公・間宮紀子(原節子)宅の最寄り駅は北鎌倉駅だから、湘南の海だと分かる。現在では観光客やサーファーでごった返す湘南に人の気配がないとは驚きだ。北鎌倉駅の看板は「驛倉鎌北」と右から読む形で、その下に「KITAKAMAKURA STATION」と英語表記があり、アメリカの占領下にあることが分かる。

映画に出てくる英語表記についてだが、後半で紀子の父親・周吉(菅井一郎)が線路脇にたたずむシーンで映る踏切の看板に「使用中止/CAUTION AUTOMATIC ALARM IS OUT OF ORDER」(注意:自動警報装置は外れています)とある。たしかに遮断機は自動的に降りるが警告音は鳴らない。こうした描写は、時代資料的にも興味あるところである。
終戦後わずか6年の映画だが、戦後の闇市とか貧困など暗い面を描く場面はまったくない。周吉はたくさんの鳥かごで小鳥を飼っており、冒頭では擂り粉木を使って餌を作っている。経済的・時間的に余裕がなければできない趣味である。時間が止まったような穏やかな描写だが、この平穏はほんの数年前には望むべくもなかったことを忘れてはなるまい。

紀子の劇中年齢は28歳で、22~3歳で終戦を迎えたことになる。丸ビルにオフィスを構える一流商社で重役の秘書をやっており、この商社はアメリカ相手に取引している。1950年に開戦した朝鮮戦争による特需で日本は好景気に沸いており、紀子の勤める商社もその恩恵を受けたのだろう。テキパキと英文タイプを打つカッコいい姿には、多くの女性客が憧れたに違いない。
「東京物語」と共通するキャストを挙げると、紀子の兄で医師の康一を演じる笠智衆、母親の志げを演じる東山千栄子、康一の同僚の医師・矢部謙吉(二本柳寛)の母親・たみを演じる杉村春子がいる。「東京物語」では原節子は笠智衆の義理の娘だったが、本作では実の兄妹役である。笠智衆は1904年生まれで、撮影時点で40代後半だから本作の設定のほうが自然なのだ。

原節子の規格外の美貌に目を奪われるが、他にも綺麗な女優が登場する。まず康一の妻・史子を演じる三宅邦子。彼女が紀子と二人で人のいない海岸を散歩する名シーン。二人とも白系のブラウスに長いスカートで、紀子はサンダル、史子は下駄を履いている。二人が履物を脱ぎ捨てて砂浜を歩く場面は、新しい生活に踏み出していく勇気を感じさせて感動的だ。
紀子の親友で料亭の娘である田村アヤを演じる淡島千景にも注目だ。アヤと紀子は独身で、既婚者であるマリ(志賀眞津子)と高子(井川邦子)に会うと(今でいう女子会だ)独身派・人妻派に分かれて火花を散らすシーンがおかしい。おかしいと言えば、史子が当時のお金で800円(!)もするケーキを買ってきて、紀子と一緒に隠れて食べるシーンも忘れられない。

物語は独身生活を楽しむ紀子と、彼女の結婚を心配する周囲の人々とのやり取りを中心に展開するが、意外なところで決着を見る。たみが紀子に向かって「実を言うと、あなたが息子のお嫁さんになってくれたらと思ってたの・・・」と呟くと、紀子の心にスイッチが入り「私で良ければ」とあっさりOK。「本当にいいの?」急展開に大喜びしつつ動揺するたみの反応がおかしい。
紀子は旦那の赴任先である秋田県に引っ越し、周吉・志げ夫婦は隠居して奈良県の実家に移る。映画は家族の緩やかな解体で終わるが、メインキャラが死ぬわけではなく「東京物語」ほど悲しい余韻は残らない。黄金色の麦畑を進む花嫁行列の美しさが、紀子の輝かしい未来と二重写しになって、幸福感の中で映画は終わる。本作もまた日本映画史上に残る名作である。

詳細評価

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