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生きる (1952)

監督
黒澤明
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4.38 / 評価:627件

渡辺課長の遺したものは大きい

今回取り上げるのは1952年の東宝映画『生きる』。黒澤明監督の作品レビューを書き込むのは「羅生門」「七人の侍」「蜘蛛巣城」「デルス・ウザーラ」に続いて5作目だ。52年のキネマ旬報ベストテンでは、日本映画の1位に輝いた不滅の名作である。また邦画の映画音楽といえば、劇中で渡辺課長(志村喬)の歌う「ゴンドラの唄」を真っ先に挙げる人は多いだろう。
僕が『生きる』を初めて観たのは、フジテレビのゴールデン洋画劇場でのノーカット放映であった。2時間23分の長い映画で、途中でCMが入るから確か2時間50分くらいの枠だったと思う。昔の白黒映画で、登場人物のセリフが聴き取り難い箇所もあるため、途中で僕の集中力は途切れ、せっかくの名作も間延びした退屈な映画としか思えなかった。

1998年に黒澤監督が亡くなったとき、僕は兵庫県に住んでいたが、大阪の映画館で監督の追悼上映が行われ、「隠し砦の三悪人」と『生きる』を観に劇場へ足を運んだ。この時、初鑑賞では決して良くなかった『生きる』の印象が180度変わってしまった。やはりこの映画はテレビで観るものではなく、映画館でじっくり対面すべきものなのだ。
映画館で覚えているのは、ラスト近くで渡辺課長の葬儀に警官が訪れ、遺族や弔問客に課長の生前最後の姿を伝える。警官が姿を現して課長の帽子を差し出した辺りで、観客たちが一斉にすすり泣きを始めた。雪の舞う公園で課長が「ゴンドラの唄」を口ずさみながら笑顔でブランコを漕ぐ、世界の映画史上に残る名場面は、ごくさりげなく登場する。

映画は大きく渡辺課長の生前を描く1部と、5か月後に課長が亡くなって彼の葬儀の様子を描く2部に分かれ、1部が1時間半、2部が50分という配分である。1部はさらに小説家(伊藤雄之助)に歓楽街を案内される夜パートと、市役所を退職した若い女性(小田切みき)とデートを重ねる昼パートに分かれる。2部は偉そうな助役(中村伸郎)が退出する前と後に分かれるだろう。
この助役は、公園建設に最終的な決裁を下すという働きはしたのだろうが、本当に功績があったのは渡辺課長であるのは明らかだ。弔問に訪れた公園近くに住む主婦たちが、泣きながら課長の遺影に向かって線香を手向けている。遺影のいちばん近くに座っている助役に、主婦たちは一瞥も与えない。助役に何らかの功績があったならば一礼くらいはしたはずだ。

僕の住んでいる近所に実際に公園が造られて、「リアル『生きる』だな」と思いつつその様子をつぶさに見ていた。公園とは土地を整地して遊具を置けば完成というわけではなく、水の管理が大事なのだ。最初に高さ数メートルはある巨大なタンクが作られ、公園の地中に埋められる。ここに雨水を貯めて、火事が起こった時に消防車が給水する拠点になるわけだ。
映画でも、公園に生まれ変わる汚水溜まりは暗渠であったと語られる。公園の下に新たな下水道を設置する大規模な工事を行ったと思われ、課長の所属する市民課だけでなく土木課や下水課、さらには衛生管理の部門など多くの部署の協力が不可欠であった。さらにはこの場所に風俗街を作ろうとしたヤクザ組織との交渉まで、みんな渡辺課長が中心になってまとめ上げたのだ。

近所の公園の話を続けると、オープニングセレモニーには100人くらい地元の名士がスーツ姿で参加していた。既に『生きる』に大感動していた僕は、彼らの中に無意識に渡辺課長の姿を探していた。近所の小学校からは吹奏楽部の子供たちが参加し、「チキチキ・バンバン」や「ルパン三世のテーマ」などを演奏してくれたが、さすがに「ゴンドラの唄」の演奏はなかった。
この公園は常に子供たちが遊んでおり、大人の目もよく届くようになり治安が良くなったように感じる。花壇には地元のお年寄りが定期的に季節の花を植えてくれる。いちばん有り難いと思ったのは東日本大震災の時で、戦時中のような防空頭巾をかぶった数人の子供たちが身を縮めて避難していた。近所の店舗ではガラスが割れ、切れた電線が垂れ下がった箇所もあったから、この公園は地味なところで子供たちの命を守ったのだと信じている。

こうして見ると、渡辺課長は人生の総決算としてとてつもなく大きな事をやり遂げたのだと思う。葬儀の席で課長の行動に感動し、「オレたちも後に続こう!」と誓い合った市民課の人々も、一夜明けると無気力なお役所仕事に戻っている。しかし公園には子供たちの歓声があふれ、課長の意思は肉体が滅びても確かに生き続けているのである。
最後に、男性キャラが渡辺課長と小説家以外は情けない存在として描かれるのに対して、女性キャラの逞しさを挙げたい。生き甲斐を求めて転職する小田切を筆頭に、遠慮ない口を利く息子の嫁や歓楽街の女たち。そして陳情に訪れた主婦たちの「民主主義が聞いて呆れるよっ!」という啖呵は、当時の日本において多くの人々の間で交わされた文句だったに違いない。

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