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真空地帯

kor********

5.0

「個」を消し「無」になることが生きる術

野間宏の同名小説を山本薩夫が映画化。社会から隔離された兵営の非人間的な状況を告発する軍隊批判の作品であり、反戦映画における名作でもある。反骨精神旺盛かつ骨太な社会派作品を撮り続けた名監督山本薩夫であるが、自身も体験した理不尽な軍隊での暴力の内情を暴き、閉鎖的な縦社会が生む人間のエゴイズムを生々しく描いている。さらにモノクロ映像が陰湿さをより淀ませ、希望と絶望の渦に巻き込まれる主役の木村功が見せる組織に反抗的な態度は『理由なき反抗』でのジェームズ・ディーンを彷彿させるかのような斜に構えた名演技であった。終戦から間もない製作なので、原作者や監督始め役者の殆んどは戦争を実際に体験した者達であり、荒涼としたセットも含め現代では再現不可能なリアリティに溢れている。 理不尽な関係性は当時の軍隊ほどではないにしろ、部活動などの学校内では未だに残る文化である。さらに、軍隊式の厳しいトレーニングやマナーが美化されているようにさえ感じる。過保護な保護者をモンスターペアレンツと呼ぶ一方、事例を挙げるのは控えるが、スポーツで結果を残しているのなら理不尽な体罰も正当化してしまう保護者もいる。正解がないからこそ棚上げされる問題であるが、個の力に乏しくとも集団になると威厳を振り回す人間性というのは日本は悪い意味で優れているのかもしれない。その精神が団結心を生み、アジアのちっぽけな島国が戦争で一定の結果を残しては戦後の高度経済成長を支えた信念なのかもしれない。しかし、都合の悪い真実をもみ消し、権力を盾にして私服を肥やす上層部の構造は今も昔も変わりない。 現代ではスクリーンの中で規制が邪魔をし、こんなにも人が人を叩けないだろうとは思うが、罪もない者への理不尽極まりない暴力の連鎖や精神を傷つける罵倒の嵐はまさに「真空地帯」である。物資も何も存在しない地帯では己の個性を消し、限りなく「無」に溶け込むしか生きる術はないのだ。 余談 ・木村功の美声も忘れてはならない。 ・山田洋次がエキストラで出演している。(スクリーンには映っていない)

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