ここから本文です

日本の悲劇 (1953)

監督
木下恵介
  • みたいムービー 2
  • みたログ 75

3.58 / 評価:24件

社会問題へ150㌔の直球で切り込む

  • cpd******** さん
  • 2010年3月28日 1時13分
  • 閲覧数 979
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

「一つになれないお互いの・・・」

「笑顔の中にも悲しみが・・・」

「一人であることに変わりなし・・・」

吉田拓郎は、かつて80年のライブで家族の現実的な姿を『ファミリー』という楽曲の中でこう唄った。

また、ある人は欧米文化がもたらした弊害が現代の家族崩壊につながっていると説いた。

障子や襖は空間を仕切るものであって断絶するものではない。それぞれ部屋として独立してはいるものの紙や木でやんわりと区切っているだけで、精神的には繋がっていた。部屋を隔絶し、分厚い壁で完全独立させた建築様式が日本古来の伝統的文化を麻痺させ、家族の崩壊に繋がったのだという。
親が子を殺し、子が親を殺す。何かがおかしいと思わざるを得ない。


多くの犠牲者を生み、戦後の混乱期から立ち直ったかのように見えた日本。1953年(昭和28年)に制作されたこの『日本の悲劇』は将来を予見するかのように、名監督木下恵介によって警鐘のごとく世に送り出された作品だった。
終戦で悲劇が終わったのではなく、その瞬間からまた新たな悲劇が始まる。それは一過性のものではなく、普遍性を擁する長い長い悲しみの序章なのだ。


戦争未亡人の母(望月優子)は温泉旅館の男客を相手にする仕事で二人の姉弟を女手一つ、必死に育て上げた。母にとって子供達は自分の生き甲斐であり唯一の心の拠り所だった。しかし、娘(桂木洋子)と息子(田浦正巳)は幼少から母親の仕事のことで級友に虐められ、男に媚びを売る姿を見ては母親を軽蔑した。不器用な母は他の職業に就くことも出来ず、とにかく子を養い食べてゆくために必死で働く。だが、働けば働くほど子の心は親から離れてゆく。やがて、医学部を出た息子は金持ちの開業医の養子になると言い出し、娘は通う英語塾の教師と不倫仲になり、母に内緒で駆け落ちする。夢も希望も失い、人生に疲れ果てた母は衝動的にホームから通過する列車に飛び込み、自殺する。

この衝撃的なラストのあと、亡くなった望月を偲ぶ旅館の板前(高橋貞二)と流しのギター弾き(佐田啓二)の映像で暗幕となる。

「いい人だった・・・」


死んでしまってはじめてその人の良さがわかるのだが、「いい人」が命を絶つまで追い詰めたものは一体何だったのか?観るものに強烈な疑問符を投げかけて映画は終わる。監督兼脚本の木下恵介は最後まで子供達の母亡きあとの姿を映さなかった。彼らは悲しんだのだろうか、それとも・・・。

親子の断絶。

今なお続く社会問題に奇をてらうことなく真っ正面から意欲的に取り組んだ問題作。

やりきれない思いが僕の全身を支配し、しばらく呆然と佇む。近年、黒沢清は『トウキョウソナタ』で現代の家族が崩壊する姿を描いて見せたのだが、その半世紀以上も前にこのような作品が上映されていたこと自体驚きだし、今観ても新鮮である。主人公の自殺はシナリオのセオリーからすればタブーであり、この徹底したリアリズムも木下監督にしては異色。

核家族化から崩壊へ。

挿入曲『湯の町エレジー』が一層、もの悲しさを掻き立てる。

望月優子の演技は素晴らしい。こんな女優がいたってことを今回初めて知った。桂木、田浦もそうだが、上原謙、高杉早苗なども好演していた。序盤の長回しなどは古き良き邦画全盛期の格調の高さのようなものを感じたし、回想シーンへ切り替わるさりげない演出なども良かった。


救いようのない暗い映画だから陽の目を見ないで埋もれていたのだろうが、出来そのものを正当評価すれば総合的には「優」。ここで言えば星5個は決して過大ではない。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 悲しい
  • 絶望的
  • 切ない
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ