ここから本文です

祇園囃子 (1953)

監督
溝口健二
  • みたいムービー 14
  • みたログ 215

4.03 / 評価:65件

たまにはモノクロもいいもんです。

  • shinnshinn さん
  • 2016年1月31日 13時33分
  • 閲覧数 810
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

京都の祇園を舞台に、芸子と舞子のこころの交流を軸に、巨匠溝口健二が花街という特殊社会をテンポよく描きます。なにしろ1953年のモノクロ作品のため、正直ぜひ見たい映画と言う訳ではありませんでしたが、有名な映画でもあるし(溝口健二の代表作のひとつでもあるらしいので)、せっかくの機会だったのでダメもとでの鑑賞です。

デビュー2年目の若尾文子がまだ初々しく少女っぽいのですが、なるほど、その堂々としたお芝居を見ると、この時点で大女優になりそうな予感は十分にあります(ため息が出るほど美しくなるのはまだ先の話)。小暮実千代さんが大した貫禄で存在感あふれるベテランの芸者さんを演じています(まだ若干35歳なのがビックリ)。この方の年増の色気にはその厚みと共に確かな手ごたえがあり、年増好きの役人とのくだりが笑わせてくれます。逆に若い子が大好きな河津清三郎との二極化というか、対比がおかしい。旦那制度という特殊なシステムも面白い。

このへんの脚本重視とカメラも縦横に動き回る姿勢が溝口健二の持ち味なのか。ほぼ同時期でやはり巨匠といわれる小津安二郎が雰囲気先行で、据え置きカメラ的な撮り方をしているのとはかなり違う気がする。ストーリーテーリング(脚本)志向の溝口に対して格調主義の小津という感じか・・・。溝口さんが映画本来の動きを大事にしているとしたら、小津さんのそれは色調や構図を大事にしていて、何やらじっくりと鑑賞する絵画的な感じがする(好みは分かれるかも)。溝口健二の方が興行に繋がりやすい気もするけれど、調べてみると50年代中期までは小津さんの興行収入も決して悪くはなかったみたいだ、これには昔の観客層の成熟度というか大人性というか、質の高さを感じる。

今考えると、50年代から60年代中盤までが邦画の監督層は厚かったような気がする。世界基準で戦えたと言うか・・・。今、世界基準で括目してもらえる日本人監督はそんなにはいません、でも数人はいます。出来れば外国語映画賞ネライではなくハリウッドに行って英語で撮ってもらいたい。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 未登録
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ