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君の名は

kih********

3.0

敗戦の日本にもメロドラマの余裕ができた。

 昭和27(1952)年から3年間に亘って全国民(少なくとも女性の全部)を惹きつけたNHKのラジオドラマ。その映画化の第一部が公開されたのが翌年、1953年。ラジオのドラマが半ばに差し掛かった頃だ。それ位人気の有った“国民的”ドラマだった。  今となっては、おそらく誰も興味を持たないであろうこういうベタベタ・ドロドロの切ない悲恋物語にどうしてそれ程に夢中になったのだろう、とそういうことの方に興味がある。その頃私は小学校の低学年であった。母たちの(今でいうママ友)の立ち話は決まってこのドラマのことだった。半世紀以上経って、当時を振り返るひとつのきっかけになる。  敗戦から7年目。やっと“戦後”になった頃、“復興”の兆しが見え始めた頃だ。  このドラマを自宅のラジオで聞いた人たちは“復興”の波に乗れた人たちだ。まだまだラジオには手が届かない家庭が多かった(うちもそうだった)。ラジオを買う前に最低限必要な生活環境を確保するのに汗を流していた。だから、「君の名はが……」「真知子が…、春樹が…」と話ができるというのは、うちにはラジオが有るという、ちょっと誇らしいことだったのだ。  ドラマの内容が多くの共感を呼ぶものだった。庶民、大衆と呼ばれる大多数は何らかの形で戦争犠牲者だったのだ。生死の結果は分かったものの、生き残った者には、死者への気持ちの整理に時間がかかる。社会の混乱の中で苦しい生活を強いられた人々(本作では、「戦争未亡人」、「パンパン」、「あいの子」等々と、その家族・知人・友人)の誰かと自分が重なる。  そういう状況の中で、浜口母子の憎らしいこと。皆が皆、この憎らしさの感情を共有することができる。共通の敵を持つことで難局を乗り越えられる集団心理がある。真知子への同情より浜口家への敵意の方がこのドラマを維持させたのかもしれない。そこに、恋愛(結婚)という新しい価値が正当化されて、敗戦の精算と戦後の道筋を見出す。  ドラマは至って単純。甘ったるい牡丹餅に蜂蜜を垂らしたようなメロドラマ。これを空襲の煙と夜霧でカモフラージュして、切なく切なく演出する。ラジオの生放送で使われたハモンドオルガンのBGMでさらに切なくする。  三年間のラジオドラマを2時間×3部構成=6時間の映画作品にした、その第一部。見始めたからには第二部に進まねばならない。 (本欄は、一作品なのに、各部別のレビューを求めているので、本日はここまで。)

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