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夫婦善哉 (1955)

監督
豊田四郎
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4.31 / 評価:42件

真意が読めないからこそ…

  • kor***** さん
  • 2014年5月29日 0時42分
  • 閲覧数 696
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

「善哉(ぜんざい)」とは元仏教語で「すばらしい」を意味する言葉であり、夫婦善哉とは一人前の善哉が二杯のお椀に分けられているのが特徴の大阪名物を語るには外せない甘味である。カップルで食べれば恋は実り、夫婦で食べれば仲がより円満になるといった縁起物な一面と、ひとつのお椀に山盛り入れるよりもふたつのお椀に分けた方がより多く見えるといった関西商人ならではのアイデアが詰まった一杯でもある。

本作は波乱万丈な男女の愛を描写した織田作之助の代表作であり、今日にも受け継がれる恋愛古典の名作だ。上記のウンチクを森繁久彌が淡島千景に語りかけるシーンでは男の性格を見破り「ひとりより夫婦の方が言いに決まっている」とあっさりと女が切り返す名場面では、妻のしたたかさと女の温かさが存分に伝わってくる。淡島のコメディエンヌとしての魅力が開花した作品でもあり「ぐうたらな男を母性的な眼差しで見守る女」として再び豊田四郎監督の下で森繁とコンビを組んだ『駅前旅館』でも素晴らしいコンビプレーを見せてくれている。

しかし、淡島が見せる女の母性本能がより映えるのは森繁が絶妙に演じるこのぐうたらな男の「真意」が読めないからである。本当に二人の将来のことを考えているのか、それとも場合によっては女との関係を切ろうとまで考えているのか、彼の真意から覗ける「先」がまったく読めないからこそ、待ち続ける女の気持ちと共に観ている側も不安になるのだ。女と同じく、途中何度も愛想が尽きそうになるが、絶妙なタイミングで懐いてくる子猫のように何をされても結局は許してしまい、見事に感情を振り回されてしまう楽しさが本作にはある。

皆に反対をされても肩を寄せ合い歩き続ける二つの影。布団に包まり、いい歳でありながら淡い夢を妄想し合える仲は微笑ましい限りである。例え酷い仕打ちを受けようが、世間から非難されようが拾ってくれる人がいる安心感に出会えることはなかなかない。草食系男子が増殖し、亭主関白が死語になりつつある現代では「頼りにしてまっせ」と言える強き女性の影を追い求めている男性も少なくないであろう。男と女の関係に決まった型などない。自由恋愛とはそういうことではなかろうか。


・余談

・原作者の織田作之助もライスカレーを愛好していたようだ。

・ちなみにライスカレーとカレーライスの違いは、カレーのルゥーが別の容器に入れられているか、始めからライスにかかっているかが判断基準らしい。

詳細評価

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