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荒獅子判官 (1955)

監督
佐々木康
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4.00 / 評価:1件

大塩平八郎を騙り、水野忠邦を陥れる者たち

  • oldfilmer さん
  • 2009年3月21日 22時38分
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    • ★★★★★

 大塩平八郎は大坂東町奉行所の与力を務めたが、辞職後、いわゆる大塩平八郎の乱を起こし、敢無く当時の東町奉行奉行、跡部良弼に鎮圧され、平八郎は自決していた。以上は史実であるが、それを受けて以下の物語が始まる。

 大塩の乱の残党と当時水野忠邦の倹約政策を快く思わない勢力が結託して、見世物小屋「おらんだ座」を根城にして、抜け荷の短銃をため込んでいた。しかし、大塩平八郎の妻とそれを支える勢力は水野忠邦ではなく、かつての大坂奉行、跡部だけが目標であり、水野忠邦を陥れる勢力に担がれていたと気づく。

 水野暗殺を企てる勢力は、江戸で著名な人形師に水野を暗殺するからくり人形の製作を依頼する。人形師とその娘(千原しのぶ)は身柄を拘束されてしまう。

 金さんは「おらんだ座」に潜入するが、水野暗殺を謀る一味の一人である北町奉行(進藤英太郎)らに囲まれる。そこで、もろ肌見せて暴れ、窮地を脱する。

 お裁きの場で、最初、進藤英太郎が吟味する姿は珍しいが、すぐに「金さん」が取って代わり、いつもの啖呵でもろ肌を見せる。

 テレビが普及していなかった時代(本作は1955年制作)の日本映画界は大衆への娯楽を提供するという意識が強かったし、それは間違ってはいなかった。私の子供時代は街は映画館で溢れていたし、映画館は本当に身近なものだった。映画館の看板を見ることが子供の私にとって楽しみの一つだったことを懐かしく想い出す。この時代の映画から、学ぶべきことも批判されることもあるに違いない。日本人と映画の歴史は不幸な側面もあったことも事実である。映画がいい時代をむかえつつある時期にテレビが普及してしまったことは日本映画界にはその成長に大きな負の遺産を与えてしまった。この際もう一度、この日本映画黎明期を見つめることが大切なように思われる。本作品をただ、娯楽作品だと撥ねつけることは避けるべきだろう。

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