レビュー一覧に戻る
生きものの記録

ale********

5.0

ネタバレ黒澤作品最高作のひとつ

この映画は公開当時不入りで興行的には失敗作とされた。同年核兵器実験がもとで作られた他に二本あり、その一本があのゴジラであるのはたいていの映画ファンは知っている。放射能の権化のごとくゴジラは東京を荒らしまくるが、このゴジラを目覚めさせたのは人間であり、そしてそこゴジラを退治するのも人間だが、核実験というやってはいけないことの上に、核の始末というさらなる強力な「科学」を使用する人間のあり方を変えない限り負のサイクルは延々と続く、ゴジラを退治する人間自身も本当は生かされないのだというわかりやすいメッセージをもっていたため、画面効果も相乗効果あいまり大ヒットした。東宝はこれで黒澤の失敗作の穴埋めをしたつもりだが、ゴジラのテーマはここで終わっている。あとはゴジラこ代わりになるような怪獣を登場させればよい。いわば短命映画なのだ。しかし、この「生きものの記録」は長寿である。もう60年たとうとしているのに、一向に古びない。それもそのはず、本当に人間がパンドラの箱を開けてしまったほうの映画はこれだからだ。主人公の中島喜一は、いわば福島原発事故から逃れようとする日本人や外国人の象徴であり、それをバカにしながら阻むのが中島の家族だが、低線量被曝などなんの根拠もないと汚染物質の怖さをものともしない無数のこの国の人間そのものを見せつけられているようである。黒澤は生涯にわたり三度核をテーマにした映画をつくったが、すべて主張は一貫している。それは核爆弾が炸裂するとどれだけの被害が出るかなどという低レベルなメッセージであろうはずはなく、核廃棄物の処理に困るから反核の映画を作ろうなどという政治プロパガンダでもあるはずがない。黒澤はそんなチープなテーマで映画を描いたことはない。黒澤は人間の持て余す核というテーマをつうじ、核を手に入れてしまった人間の阿呆さが人間である故どうしてここまでドラマチックなのかに惹かれているのだ。その証拠に、この映画では主人公とその家族の自我のぶつかり合いをテーマにしている。低線量被曝同様に音もなく兆候も見せず放射能を脅威ととるとらないの人間峻別と化し、確執となって長く居座ることになる人間ドラマが今なお展開するのだ。そして多勢に無勢、放射能を脅威ととる人間は、家族、社会、国という大小様々なる狂人製造装置という仕掛けから逃れることができず、見事に狂人がまたひとり作られる。ジャックニコルソンの「カッコーの巣の上で」もこの映画のテーマに近いところをみせているが、この映画の比ではない。あの大島渚が「鉄棒で頭をぶん殴られたようだ」と言っているくらいだから。なぜ黒澤が巨匠かといえば、簡単にいえば軽く半世紀、いやこのままだと100年は続くが故に巨匠たる存在なのだ。しかも数本100年は軽くもちそうな作品を生涯にのこしたのだ。

閲覧数983