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生きものの記録

kih********

5.0

こんな時勢に正気でいられる我々がおかしい

 広島・長崎の被爆から10年目の作品。70年経ってなお、ますますリアリティーを増す映画だ。  放射能に“異常に”に恐怖心を抱える老人の行動に、準禁治産者の裁定を下すことになった裁判員の目を通して、“狂人”を描く。いつまでも「気が咎めまして、いや、そもそもあの裁判が間違っていたんじゃないか」と気にする。“狂人”として受け入れた精神科医も気が重く、「正気の積りでいる自分が妙に不安になるんです。狂っているのはあの患者なのか、こんな時勢に、正気でいられる我々がおかしいのか」という。おそらく、この映画はこのことを言いたいのだろう。「こんな時勢に、正気でいられる我々がおかしいのか」、直接に言えば、「……我々がおかしいのだ」。  被爆の惨状を映すことを避け、広島弁でありながら東京の裁判所を舞台にして、ちょっと頭を冷やしながら、しかし「正気の積りでいる不安」を狂おしいまでに激しく訴えている。放射能の恐怖が今は福島で現実のものになってしまった。私のところにも30キロのところに原発がある。「こんな時勢に」「正気の積りでいる自分」は、「おかしい」のではないかと「妙に不安になる」。    これを観ることになったのは、同じ黒澤監督が作った『八月の狂詩曲』をみて、物足りなさを感じたからだった。黒澤氏は、晩年はただ大人しい普通のお爺ちゃんになってしまったのか、と思ったのだった。ところが、『生きものの記録』があることを知った。『八月…』のレビューは先送りにして、本作を観ることにした。やはり黒澤だった。激しかった。こういう作品があるのだったら、晩年に『八月…』があるのも理解できる。『生きもの…』はご本人の叫びであり、『八月…』は次世代へのメッセージであったと理解できる。

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