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生きものの記録

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5.0

ネタバレ我々がオカシイのだ!

 …黒澤明監督の全作品をリタイアしてから観ようと思ったが、デビュー作の『姿三四郎』から古い順に観てみる。  …本作は、同監督の15作品目(1955)で、あらすじは、解説の次のとおり。  『町工場を経営する財産家・中島喜一(三船敏郎)は突然、原水爆とその放射能に対して強い恐怖を抱くようにな り、地球上で唯一安全と思われる南米ブラジルへの親類縁者全員の移住を計画する。  しかし、このあまりにも突拍子もない行動に対し、現実の生活が脅かされると感じた家族は喜一を準禁治産者として認めてもらうため裁判にかけるのだった。』  …ウォルシュさんのレビューが簡潔明瞭で全文を引用したくなってしまうが、それではあまりにも失礼なので自分でも少し書いてみよう。  先ずは、広島・長崎に原爆が落とされてから10年目の作品ということに驚くとともに、水爆とは異なれども、東日本大震災の放射能漏洩は記憶に新しく、黒澤監督の先見の明に驚くばかりだ。  ウォルシュさんが冒頭で書いているように、中島が裁判所で、「死ぬのはやむを得ん… でも殺されるのは嫌だ!」と言うのだった。  原子力事故に遭われた方々も同じような思いなのだろうか?  で、中島は、生活の基盤となる鉄工所があるので息子たちは踏ん切りが付かないのだと思い立ち、自らの鉄工所に火を放ってしまうのだった。  しかし、このことは更なる波紋を呼ぶのだった。  鉄工所で働く工員たちから、「俺たちの生活はどうなってもいいのかね……」と詰め寄られるのだった。  思慮の無さを痛感した中島は、放水されてグチャグチャになった地面に土下座して次のように謝罪するのだった。  「すまなかった…すまなかった。お前たちも全員連れていく。自分たちだけが助かってもあかん。皆が助からんとならん。」  で、ブラジル行を拒否する家族の中では、長男の弁が一番一般論に近いのではないか?  「ブラジルへ行こうが何処へ行こうが、水爆から逃げられる安全な場所なんて地球上の何処にもないですよ。  水爆400トンで地球は丸焦げですよ。  しかも、世界の水爆保有量はとっくにそれを超えているんですよ。」  でも、中島には一人だけ見方がいた。  末っ子の青山京子だ。  実に闊達で気持ちの良いお嬢さんだ。  で、長男に喰ってかかるのだった。  「なによあんたなんて!  偉そうに口ばっかり達者で、本気で考えたことなんて一度もないくせに!  お父さんは、皆のことを真剣に心配して、一人で考えて…考えて……。  なんにも考えていないのは、あんたたちよ!」  これにはグサッと胸を抉られてしまった。  で、ウォルシュさんのレビューから少し拝借しよう。  『決定打は、留置所での他人からのひやかし 「地球から引っ越しするしかないだろう」』  これで、中島は精神を病んで病院送りになってしまうのだった。  で、志村喬がその病院を訪れるのだが、そこの精神科医の言には身につまされる。  「あの患者を診るたびに酷く憂鬱になるんです。  こんなことは初めてです。  元々、精神病患者というものは憂鬱な存在ですが、あの患者を診ていると、正気でいられる自分自身が妙に不安になるんです。  狂っているのはあの患者なのか、こんなご時世に正気でいられる我々がオカシイのか?と……」  で、ラストも強烈な印象を残す。  「地球から引っ越しするしかないだろう」を家族ともども実践し、違う惑星に移住して安堵した中島だったが、やがて、地球が燃え盛るのを目の当たりにして幕を閉じるのだった。  太陽を見て、地球が燃え盛るという発想は凄い!  先日観た『白○』の『心の美しい人はこの世では生きられない……心が歪んだ有象無象の者だけがこの世を生きていける……と解釈させる非常に見応えのある作品だった。』と同じ匂いを感じて陶然となった。  『我々がオカシイのだ!』と感じさせる非常に見応えのある作品だった。  なお、名脇役の千石規子の存在はウォルシュさんと同じ思いなので引用させていただきます。  『千石規子さんの存在が少し気になった 冷静に事の成り行きを見守っているようであり 逆に他人事のようにただ傍観しているようでもあり… 当時の社会の風潮を代弁していたのかもしれない。』

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