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野菊の如き君なりき (1955)

監督
木下恵介
  • みたいムービー 11
  • みたログ 74

4.20 / 評価:20件

野菊のタミよ、現れたもう

  • kor***** さん
  • 2014年7月15日 2時04分
  • 閲覧数 940
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

時折、自分は幸せな時代に生まれたと感じる。

物心ついた頃は携帯電話を個人で持っている人は周囲にいなかったし、テレホンカードが何よりの宝物であり、公衆電話に並ぶ大人びた行動にドキドキ感を味わっていた。駅員が直接切符を切る光景も、駅構内の伝言板に知らせを書いている人を数えきれないほど見ていた。待ち合わせをしても、会えるかどうか不安であった時代を体験できたのだ。さすがに劇中のように「渡し舟」が交通手段であった時代と比べると、その年代の方々に怒られてしまいそうだが…。

奉公なんて言葉を体感したこともないし、実感すら湧かないのであるが、現代と比べて将来が狭められていた時代には星の数ほどの悲哀な恋愛があったと容易に想像できる。「好きだよ」、「私も」、「じゃあ付き合ってみる?」、そんな石ころのように軽く見えるトーンの会話をする現代の若者が幸せかどうかは置いておき、ただ、好きな人と肩を並べて歩く高揚感は今も昔も変わらないと思う。男女間の関係を意識しだす年代は普遍的であるし、楽しさが淋しさに変わり、それが恋と気づく一連の流れは人生において最上の痛みであると共に、最高の幸せでもあると年齢を重ねると気づく。

覗きこむようなスクリーンで過去を見て、展開と感情を反響させたかのような移り変わりの激しい日本の四季を木下恵介監督は見事に捉えている。人生に疲れ果てたような笠智衆のナレーションと音楽がマッチし、絶妙なノスタルジーも味あわせてくれる。自らを道端に生える野菊の生まれ変わりと例えるタミ(有田紀子)の悲痛が胸に沁み、好きな人と結ばれる幸せを心の底から噛みしめようと思わせてくれる素晴らしい恋愛映画である。

多感な時代の傷跡は多かれ少なかれ誰にもあると思う。しかし、幸せと簡単に言葉にしてしまう自分が客観的にちっぽけに見え、心に深い傷跡がないことに淋しさも覚えるのであった。

詳細評価

物語
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