赤穂浪士 天の巻・地の巻
あらすじ・解説
解説:allcinema(外部リンク)
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作品レビュー(2件)
- dck********
3.0点
1950年代に東映が複数本制作した忠臣蔵映画の1作です。 大石内蔵助は市川右太衛門(北大路欣也の父)、吉良上野介は月形龍之介が演じた。しかし、この映画のキャスティングで最も注目されるのは立花左近を演じた片岡知恵蔵であろう。 「赤穂浪士 天の巻・地の巻」は忠臣蔵映画としては規格外と言える作風である。幕政に不満を持つ浪人と彼に加担する盗人の視点で赤穂浪士討ち入り事件が描かれている。本来であれば物語りの中心となるべき大石ら赤穂浪士が必ずしもメインキャストとしては描かれていない。 大石を演じた右太衛門や吉良役の月形龍之介は素晴らしい個性と存在感だ。特に右太衛門は主君の仇を討つ大石の心情を見事に演じたと言えるし歴代大石役の中でも最高レベルの適役だとさえ感じられる。しかし、赤穂浪士を必ずしも中心に置いていないストーリー展開の為にその存在が必ずしも観客に大きな感動として伝わって来ないのは残念。 本作で何故、規格外な忠臣蔵を作ったのか・・・・ やはり同時期に何作もの忠臣蔵が製作されており”少し毛並みの違う忠臣蔵を作ろう・・・”という思惑があったのだろうか・・・・? 比較的最近でも同様の”規格外型忠臣蔵”はよく見かける。しかし、忠臣蔵の主人公はやはり大石内蔵助以下の赤穂浪士であるべきでそれ以外の人物に重きを置いた設定では観客の共感を得るのは難しいのではないだろうか・・・ 当時の東映忠臣蔵映画の中でも本作はやや感動が少なかった、というのが正直なところだ。 ただ、本作には注目すべきシーンがある。 大石の"東下り”の祭、立花左近と出会う件である。本作では立花左近を名優、片岡千恵蔵が演じている。映画のテロップでも一番先に登場するのが千恵蔵であり本作に置ける大石と立花左近との対決シーンが如何に重要視されているかが理解出切る。 私自身も忠臣蔵ではこのシーンが特に好きだ。本作では市川右太衛門と片岡千恵蔵という日本映画草創期の超大物同士の重厚かつ貫禄溢れる演技で観客の感動を誘う。少なくともこのシーンに関して言えば文句の付けようがない。 しかし、前記した通り赤穂浪士を中心に置いていない展開の為に本来であれば描かれるべき主要なシーンの多くが省略されてしまっているのは大きな欠陥と言わざるを得ない。 忠臣蔵ファンにとっては不満が大きく残る事は確実。中でも本作の最大の欠陥は浅野内匠守の妻、瑤泉院が全く登場しない事であろう。数多くの忠臣蔵作品の中でも瑤泉院が描かれていないのは本作ぐらいではないだろうか・・・? 本作の全体的評価を言えば日本映画を代表する名優の素晴らしい演技と個性、存在感を出しながら本流から外れた価値感に基ずく演出とストーリー展開の為に忠臣蔵が持つ人情味溢れる物語を表現する事が出来なかった、という感じである。
- ytp********
4.0点
昭和40年代頃、テレビ放送の年末の番組編成で恒例のように忠臣蔵に関わるドラマが放映されたことはもう過去のことになりつつある。日本人は江戸時代から明治、それから昭和まで忠臣蔵の物語が本当に好きだったようだ。日本人の胸に共感する部分があるからであろう。しかし、今の若い世代にはもう忘れ去られようとしているようだ。この趨勢が私には残念だという想いがある。 さて、この「赤穂浪士」であるが、 映画冒頭から、太平の世をはかなむ浪人堀田隼人(大友柳太朗)が登場し、この作品で中心的な役割を果たしているような趣がある。私は大仏次郎の原作を読んでいないが、他の忠臣蔵映画と比較しても異例とも言える重要性がこの堀田隼人に与えられているように感じる。つまり浅野内匠頭並びに大石内蔵助を核とする赤穂藩の武士道精神とこの堀田隼人にどこか共鳴する含みをもたせてドラマが展開するのだ。 浅野内匠頭の吉良上野介刃傷事件後、浪人となった赤穂藩の元家臣たちの動きを警戒する米沢藩の家老千坂兵部は、その赤穂浪士への密偵として大泥棒の「蜘蛛の陣十郎」(進藤英太郎)十手持ちの「目玉の金助」(河野秋武)それに、お仙(高千穂ひづる)とともに堀田隼人を雇い入れる。そして、赤穂浪士の不穏な動きをその都度封じようとするが、討ち入りを直前に集う浪士たちを前に武士の魂を説き聞かせる大石内蔵助に感銘を受け、逆に討ち入りを手助けする挙に出るのだった。 太平の世の常として、武道はすたれ、公家の流儀が頭をもたげる。この作品では、その象徴として高家の吉良上野介(月形龍之介)が登場する。上野介はここではそれに悪びれることなく、公家には公家の流儀で饗応することが当然のこととして主張する役割を演じる。そこに浅野内匠頭(東千代介)らの無骨なまでの武士の流儀との齟齬が生じ、悲劇が生じるのだ。 本作品では、大石内蔵助に市川右太衛門 、立花左近に片岡千恵蔵を配しているが、いずれも存在感は薄い。何か大友柳太朗演じる堀田隼人が観察する対象物であるかの比重しか感じられない。忠臣蔵の悲劇を堀田隼人の目を通じて見ているような焦点距離を常に感じる。それで成功作かというと、必ずしもそうではない。堀田隼人の人物が茫洋であり過ぎる。それがために人間的な心の動きが伝わってこないのだ。その辺のひと工夫があれば、と惜しむ思いが残った。
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