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赤穂浪士 天の巻・地の巻 (1956)

監督
松田定次
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3.71 / 評価:7件

堀田隼人から見た赤穂浪士

  • oldfilmer さん
  • 2009年4月19日 11時46分
  • 閲覧数 1872
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

 昭和40年代頃、テレビ放送の年末の番組編成で恒例のように忠臣蔵に関わるドラマが放映されたことはもう過去のことになりつつある。日本人は江戸時代から明治、それから昭和まで忠臣蔵の物語が本当に好きだったようだ。日本人の胸に共感する部分があるからであろう。しかし、今の若い世代にはもう忘れ去られようとしているようだ。この趨勢が私には残念だという想いがある。

 さて、この「赤穂浪士」であるが、 映画冒頭から、太平の世をはかなむ浪人堀田隼人(大友柳太朗)が登場し、この作品で中心的な役割を果たしているような趣がある。私は大仏次郎の原作を読んでいないが、他の忠臣蔵映画と比較しても異例とも言える重要性がこの堀田隼人に与えられているように感じる。つまり浅野内匠頭並びに大石内蔵助を核とする赤穂藩の武士道精神とこの堀田隼人にどこか共鳴する含みをもたせてドラマが展開するのだ。

 浅野内匠頭の吉良上野介刃傷事件後、浪人となった赤穂藩の元家臣たちの動きを警戒する米沢藩の家老千坂兵部は、その赤穂浪士への密偵として大泥棒の「蜘蛛の陣十郎」(進藤英太郎)十手持ちの「目玉の金助」(河野秋武)それに、お仙(高千穂ひづる)とともに堀田隼人を雇い入れる。そして、赤穂浪士の不穏な動きをその都度封じようとするが、討ち入りを直前に集う浪士たちを前に武士の魂を説き聞かせる大石内蔵助に感銘を受け、逆に討ち入りを手助けする挙に出るのだった。

 太平の世の常として、武道はすたれ、公家の流儀が頭をもたげる。この作品では、その象徴として高家の吉良上野介(月形龍之介)が登場する。上野介はここではそれに悪びれることなく、公家には公家の流儀で饗応することが当然のこととして主張する役割を演じる。そこに浅野内匠頭(東千代介)らの無骨なまでの武士の流儀との齟齬が生じ、悲劇が生じるのだ。

 本作品では、大石内蔵助に市川右太衛門 、立花左近に片岡千恵蔵を配しているが、いずれも存在感は薄い。何か大友柳太朗演じる堀田隼人が観察する対象物であるかの比重しか感じられない。忠臣蔵の悲劇を堀田隼人の目を通じて見ているような焦点距離を常に感じる。それで成功作かというと、必ずしもそうではない。堀田隼人の人物が茫洋であり過ぎる。それがために人間的な心の動きが伝わってこないのだ。その辺のひと工夫があれば、と惜しむ思いが残った。

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