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風船

風船

110

yam********

4.0

ネタバレ糸の切れた風船のように寄る辺ない女性達

終戦直後の混乱期を京都で過ごし、一時絵を志すも生活のために断念、その後カメラ会社を興した本作の主人公、村上春樹。 若い頃は借金で首が回らないこともあったが、60となった今では大会社の社長として丘の上の豪邸に一家四人で暮らす。 人も羨む身分だが、外から見るほど、本当の彼は幸せではない。 妻は体面と世間体ばかりを重んじ、彼の内面には無関心で笑顔を見せることはない。成績優秀、スポーツ万能だった長男には甘く、身体の弱い長女には強圧的で支配的な母親。 長男圭吉は30代の若さで父の会社の営業部長に収まっている。何一つ自分で成し遂げたことはないくせに、口だけは一人前のイケメン。 長女珠子(芦川いづみ)は幼い頃の病気の影響で左手が不自由、勉強も苦手で学校をドロップアウトし一人自室で絵を描く毎日。 村上家の4人に、糸の切れた風船のように寄る辺のない3人の女性と、物語を裏で操るフィクサーのような男、都築が絡みあいながら物語は進む。 美しい風船1:戦争未亡人、久美子(新珠三千代) 今はBarミノトオル(ミノタウロス)で働きながら長男圭吉に囲われている。旦那に囲われる古典的な妾のように、離れの一軒家に住む。兄の彼女を一目見ようとBarまで出かけてきた珠子に優しく接し、その後姉のように慕われる。惚れた男に身も心も捧げる古いタイプの女で、圭吉に捨てられガス自殺を遂げる。 都築正隆 春樹の絵の師匠の息子であり、村上家とは旧知の間柄。現在は銀座のナイトクラブのマネジャー。 美しい風船2:シャンソン歌手、ミキ子(北原三枝) 思ったことは何でも笑いながらズケズケと口にする、新しい時代の女。愛人である都築に唆されるまま、安定を夢見て圭吉を落とす。 美しい風船3:京都の町屋に暮らす、るい子(左幸子) 春樹の京都時代の下宿先の娘。両親に先立たれ、写真のヌードモデルやホステスをしながら弟の学費と生活費を賄っている。ひょんなことから久しぶりに再会した春樹にヌードモデルを止めるよう諭されるが、「自分の外側だけ見せるんでっしゃろ。うちの中身とはなんの関係もあらしまへん」と逆に反論。外側ばかりを重んじる自分の妻とは正反対の考えに、春樹は強い感銘を覚える。 久美子の自殺をめぐり、父と息子の断絶は決定的となる。女なんて金でどうにでもなるという傲慢な言葉、葬儀にも出席しようとしない冷淡な態度の息子に心底幻滅を覚える父。 なりだけは一人前で中身が未熟な圭吉の成長を促すため、春樹は妻の反対を押し切り息子を会社から放り出す。 春樹は息子を腐らせた原因である資本家としての仕事や裕福な暮らしを全て捨て、田舎で好きな絵を描きながら新たな暮らしを始めることを決める。だが、妻も珠子も春樹に付いてこようとはしない。 るい子が暮らす京都の長屋の屋根裏で、昔のような下宿暮らしを始めた春樹は、絵付け職人としての生き方、隣近所と助け合う慎ましい暮らしぶりと人情、変わらぬ風景の中に安らぎを見いだすが、東京に残してきた娘のことを思うと表情が晴れない。 珠子と再会する盆踊りの夜のラストシーン、戦争で壊される前の美しい日本の姿がそこにある。 戦後11年目に公開された本作で、当時38歳の川島監督は、戦後風俗最先端の東京と戦前の暮らし真空パックの京都を対比させて描き、日本人が何を得て何を失ったのか、私たちに考えさせてくれます。 監督の戦後社会に対する見方が窺える映画です。 その他の見所として、 ●森英恵デザインのホステスの勝負服が今見てもかっこいい ●珠子とるい子がバスで京都観光をしてるシーン、右左右左右左と一緒に顔を振り最後に笑い合うのがかわいい ●社長宅は洋館なのに和装で火鉢のある和風な暮らしが興味深い ●いつもお洒落なスーツを着こなし、物腰は柔らかいが若い女や愛などにうつつを抜かさないニヒリストのリアリスト、監督の代弁者のような都築のセリフとキャラが興味深い 「魂なんてなくても金で何とかできる時代だ…空っぽの内容を満たす手段はなんでもある…映画、音楽、本、女、酒、新しい思想…」 「愛情というやつは時として男の命取りになりかねない、気をつけろ」 虚無的な言葉とは裏腹に、自殺を図った久美子の元に車で駆けつけ世話を焼く都築は、一途な久美子の姿に徐々に考えを変えていく。 「勝つ人間の影には、いつも負ける者が控えている」 「金のある家庭の人間は我々以上に薄情で、反射の仕方が入り組んでるからね」 「パリ、上海、シンガポール、マニラ、東京…寂しくはなかったさ、どこにも女はいた…そしてどこの女も同じだった…」 「例えばあんな女がだね、踏んでも蹴っても縋り付いてきて離れなかったとしたら、僕にもあるいは別の世界が開けていたかもしれん…男の重荷や足手纏いになるくらいに、一途で真実になれる女に僕がどっかで出会っていたとしたら…」

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