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洲崎パラダイス 赤信号 (1956)

監督
川島雄三
  • みたいムービー 19
  • みたログ 151

4.13 / 評価:70件

映画的「間接表現」の極北

  • Kait373 さん
  • 2020年11月26日 17時50分
  • 閲覧数 115
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

序盤から終盤にかけて名シーンが山のように並んでいるが、この映画の本当のクライマックスは最終盤にある。

ラストの直前、物語はループして振り出しに戻る。

途方に暮れてプロローグと同じ橋の上から川面を見下ろすふたり。蕎麦屋をやめた義治とパトロンの落合と別れて来た蔦枝。
仕事も金も今晩泊まる所もないのは、最初と同じ。違いといえば、蔦枝が着ている落合に買ってもらった新しい着物だけ。

結局、全て元の木阿弥。
一回りして同じ場所に戻ってきても、ふたりには何の進歩も成長もないように見える。
ただし、 ある一点を除いては、だが。
表面的には努力は全てご破算になって、元の状態に帰っただけ。
直前の空虚感を漂わせた玉子が、橋の上からぼんやりと川面を見つめるショットと共に人間の業の深さや無常感を湛えた名シーンである。

そう言えばこの映画、重要なシーンで繰り返し橋が出てくる。

一時はやる気を出して一生懸命仕事に打ち込んだのに、なぜか蕎麦屋を辞めてしまった義治。
せっかく金づるを掴んだというのに、落合が借りてくれたアパートを飛び出して来た蔦枝。

カメラは、ふたりの足もとにパンする。
蔦枝の履いた下駄が義治の皮靴の前に来ると、義治の皮靴は僅かに後ずさる。
「あんたの行くとこ付いて行くから。」という台詞と共に、この描写によって勝ち気な蔦枝も今は義治に依存していることが分かる。

このシーンは明らかにプロローグとの対比で、より強く相手を必要としているのが、今は蔦枝の側であることが暗示される。
暫く離れて暮らしてみて、義治と別れられない自分の思いに気付いた蔦枝。
浮気をしたのに今度は、積極的に縋り付いてくる蔦枝の態度に一瞬引く気配を見せた義治だったが、これから先は自分がリードしていく覚悟を決める。

双方の心理を皮靴と下駄の描写によって語らせているのが非常に斬新で、間接表現の極北とも言えるほどの名演出である。

両者の関係は腐れ縁ではあるが、月並みな言い方でをすればコインの表裏のようなもの。互いにもたれ合い、相手なしでは自分が自分ではなくなってしまう。
お互いがお互いを必要とするから、一緒にいる。
それはある意味、普遍的な人間の愛の形でもある。

蔦枝が落合と別れたのも、義治が蕎麦屋を辞めたのも、二人が離ればなれでは生きて行けないことを悟ったからに他ならない。
そのことは、交番のシーンで、お互いの顔を無言で見つめ合う、まるでサイレント映画のような心理描写によって暗示されていた。

遅まきながらもそれに気付いたことは、 ささやかではあるが、義治と蔦枝にとって唯一進歩と呼べるもの。
お徳の夫傳七が別れた情婦に殺された事件は、ふたりがお互いの愛に気付くひとつのきっかけに過ぎない。

そして、一見蛇足に見えなくもないが、実は深い意味が隠されている最後のバスの道行きのシーン。
互いの絆を確かめ合った蔦枝と義治は、これから先は一緒に住み込める働き口を探して、あてどなく彷徨い続けていくのだろう。

どうして、そんなことが言えるのかって?
そう考えるのは、ふたりの内面の変化が映像を通して、はっきり間接表現されているから。それは、プロローグとエピローグに出で来るバスの乗車シーンを対比すれば一目瞭然である。

プロローグでは、逃げるようにバスに乗った蔦枝の後を、置いていかれそうになった義治があたふたと追いかけ、走り始めたバスに危うく飛び乗る。
要するに同じバスに乗ってはいても二人の心はばらばらなのであり、行き着く先で本当に離ればなれになってしまう。

対して、エピローグのほうはどうだろう。
こちらは最初とは違って、ふたりはしっかり手を繫ぎ合い、発車間際のバスに向かって元気よく走り出す。
勿論、蔦枝の手を引くのは義治で、今度は一緒にバスに乗り込む。
このシーンによって、義治と蔦枝が「愛」という名の強い絆で結ばれ、貧しくはあってもふたりで助け合い、手を取り合って生きていくであろう未来が間接的に表現される。

本当はやるせないラストシーンのはずなのに、陽気な音楽と共にやけに盛り上がって終わるのも、少しだけ成長したふたりの前に開けているのが、これから高度経済成長を迎えようとする、日本がまだ「若くて」、努力すれば明るい明日が待っていると思える時代だったからだろうか。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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