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流れる (1956)

監督
成瀬巳喜男
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4.24 / 評価:67件

至福

  • 諸星大五郎 さん
  • 2008年9月30日 2時16分
  • 役立ち度 41
    • 総合評価
    • ★★★★★

 もう40年ほども昔、私が子供のころ
お袋とよくテレビ放映の映画やテレビドラマを観た。
お袋は中学しか出ていない。特段、映画に素養があったわけではない。
でも番組を観ながら良く「この人は上手いねぇ」と驚嘆していたのを思い出す。
「芝居が上手い」というのだ。
小学生の私は、何がどう上手いのか、よくはわからなかったが、とりあえず
「そうだね」と相槌をうっていた。

 本作「流れる」
田中絹代は、少女歌劇から映画へ行った人だが、映画育ち、銀幕のスターと言っていいだろう。それは高峰秀子も同じ。
岡田茉莉子は成瀬監督の秘蔵子。この3人の名女優は映画の人だ。
一方、山田五十鈴は新派の人。
杉村春子は、舞台女優の重鎮。

 今夜、お袋の言っていた「上手い」の意味を噛み締める。
「上手い!」 
それぞれの女優の芝居にかけてきたそのテクニック、そして役者魂。

田中絹代は、スクリーンに映った自分を想定して芝居をする。
山田五十鈴は演技の形式を重んじ「品=しな」をつくる。
杉村春子は役を深く解釈して演ずる。
そのハーモニーの素晴らしさ。コンダクター成瀬監督の面目躍如。

この映画は美味い。
それもとびきり極上の美味さ。
芸者置屋という設定ながら、現代に通ずる普遍的な人の生き方。
女性たちはそれぞれ、自分の人生をある意味「諦観」し
ある意味「切り開き」ながら歩く。

「流れる」
低きに流れ、水は方円の器に随うが、あるときは濁流ともなり、ある時は滝として落ちる。人の生きたかもそれに似ている。
「古くて新しい映画」とは、こういう映画のことを言うのだろう。

映画に酔うとは、至福の時のこと。

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物語
配役
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