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流れる (1956)

監督
成瀬巳喜男
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4.24 / 評価:67件

語りからそのものへ

  • 文字読み さん
  • 2010年5月26日 23時51分
  • 役立ち度 13
    • 総合評価
    • ★★★★★

1956年。成瀬巳喜男監督。傾きかけた芸者の置屋を仕切っているねえさん(山田五十鈴)とその娘(高峰秀子)。しかし借金は重なるし芸者たち(杉村春子、岡田茉莉子)からは突き上げられるし、挙句の果てには逃げた芸者の親類から強請り紛いに金を要求されて、、、という話。新しくやってきた40歳を越えた女中の目を通して描かれる幸田文の原作とは異なり、すべての出来事がそのまま描かれます。原作には濃厚な主人公の心の内は全く描かれない。語り形式の小説と物事の現場を押さえてしまう映画の違い。

田中の心の中を通さない分、他の人々の行動は生き生きと明確になっています。山田のかつての男への思い、芸者屋に生まれながら芸者にならなかった高峰の屈託や父への思い、杉村の卑屈さ、当世風若者としての岡田。大女優をそろえたからそれなりに描き込まないといけないという事情はあるとはいえ、主役が一人になりうる小説と複数の主役がありうる映画の決定的な違いが明らかになっています。その分、原作の女中さんの有能さや陰翳に富んだ心の魅力はなくなり、田中はロボットのようにくるくる動き回っているだけになってしまっていますが。

置屋を仕切っているのに頼りない山田が廃れ行く芸者を演じてとてもいろっぽく、娘の高峰はいかにも若い娘らしく頭でっかちで周囲に毒をはきまくる。その高峰が父の話をする際に遠くに見える稲妻には、緊迫感が漂っています。原作とはまったく違う味わいある映画。

詳細評価

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