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江戸の名物男 一心太助 (1958)

監督
沢島忠
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3.67 / 評価:3件

士農工商を超えた人情の真実

  • oldfilmer さん
  • 2009年3月11日 1時29分
  • 閲覧数 291
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

 大久保彦左衛門と一心太助の交流を描いた物語は河竹黙阿弥が著した歌舞伎台本に端を発する。一心太助の実在性を疑う向きもあろうが、実在したと信じたいものだ。

 徳川三代将軍、家光が将軍任官報告のため寛永寺へ向かう駕籠行列に、小さな子供が手毬を放してしまい、行列を乱したとして、お伴の武士たちにその子供が手打ちにされかけるところを一心太助が助命を嘆願して出る。そこへ、大久保彦左衛門が現れ、家光に処分を預けられる。彦左衛門は一心太助の真情に触れ、手打ちどころか、中間として召し抱えることになった。

 その後、その屋敷に腰元として奉公するお仲と出会い、お仲が彦左衛門が家宝としていた皿を割ったのを、太助は自分が割ったと申しでる。彦左衛門はその心を賞で、放免する。

 その後、一心太助は魚河岸に出入りする魚屋になりたいといって、下町の長屋に独り住まいするようになる。「男になれよ」と彦左衛門は激励する。

 魚河岸では、一本気な太助が早速、先輩たちと大喧嘩を始めるが、その報せに彦左衛門は出馬し、魚河岸を取り締まる旦那方に警告するのである。

 魚河岸の人々にも一目を置かれた太助はその後、兄貴と呼ばれ始め、人気者となる。また世の中の困っている人間の手助けに情熱を傾ける。

 彦左衛門の有名な「大だらい」による登城事件であるが、将軍家光は彦左衛門を諭し、幕政の安定のために彦左衛門を始めとする旗本に対し、堪えることを命じる。家康以来三代将軍に仕えた彦左衛門は「わこ」といって、手のひらの珠と思い可愛がっていた家光の成長を喜ぶが、自分の老いを痛烈に思い知り、病に倒れる。魚河岸はじめ、江戸の町人の多くが彦左衛門の快癒を願い明神様に参る。

 太助は将軍家光に直訴し、彦左衛門を見舞って欲しいと嘆願する。家光は一旦、「乱心者」としてその場を去るが、間もなく駕籠行列で彦左衛門の屋敷に向かうところでこの映画は幕を閉じる。

 東映時代劇は歌舞伎を題材とする作品では、「忠臣蔵」を始め、いずれも出来栄えが良い。この作品も例外ではなくいい作品に仕上がっている。歌舞伎などを生んだわが国の演劇の伝統が映画制作の中に息づいているという日本人の豊かさを実感させられる。

 武士は世を思い、町人は武士を敬い、女は人情に篤い男を慕う。こういう世界を描き、見る者を幸せにしてくれる。彦左衛門の月形龍之介、一心太助の中村錦之助の主役級は勿論、長屋の大家の杉狂児、魚河岸の男を演じる星十郎などの脇役までキャストも申し分ない。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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